春のお祭り

24 お見合いパーティー

「どうもドラ息子のスティーブンです」


 ニコニコと笑いながらスティーブンさんは、どすんと背負ってたカゴをテーブルの上に下ろしました。

 カゴの中には緑鮮やかな野菜が詰まっています。


「聞いてよ、カレンちゃん、このドラ息子出稼ぎと称してあちこち旅して遊び歩いてるのよ~」


 女将さんが心底呆れたご様子でため息をつきます。


「今回は何? 渡り鳥追いかけて何かしたんだっけ?」


「うん、南の町の湖はすごかったよ。白鳥がひしめいてた」


 そんな風に母子が会話をしていると旦那さんが厨房から出ていらっしゃいました。

 ポンポンと無言でスティーブンさんの肩を叩きます。


「ただいま、オヤジ」


 旦那さんは無言で野菜の検分をしました。


「南の町……かあ」


 遠く遠くのその方向に私は思いを馳せました。

 白鳥も湖も私は見たことがありません。


「ええっと、それでそのスティーブンさんはどうしてこのタイミングでお帰りに?」


「春の豊穣祭りには店を手伝いに戻ってくれるのよ。祭りには出店を出すから」


「なるほど……」


「ちなみに祭りの日の午前中にはお見合いパーティーやるから」


「……え?」


「春のお祭りの日は未婚の若者達のお休みの日でもあるのよ。仕事に追われてる若い子達の中にはこの日くらいしか休みもない子がいるから、お見合いパーティーにもってこいなの!」


「……えーっと」


 私、その日、ラッセル殿下と約束してしまいましたけど……。


「ええっ!?」


 女将さんがこの世の終わりみたいな顔をしました。


「いいわよ! そっちに行きなさい! そっちに行くべきよ! カレンちゃん!」


「い、いえいえ、ラッセル様も言えば分かってくださるでしょうから……」


 私はそう言って、微笑みました。




 そして夕ご飯の時間がきました。


「……こんばんは、ラッセル様」


「ああ、こんばんは、カレン」


 今晩もラッセル殿下は『腹ぺこ亭』にいらっしゃいました。


「……あのですね、お祭りの日なのですが……」


「うん?」


 私は『お見合い斡旋所』でのお仕事が入ったことをお伝えしました。


「午前だけなんだろう?」


「はい……」


「じゃあ、午後から楽しめば良いさ」


「は、はい!」


「それにしてもそうか、スティーブンが帰ってくる時期か」


 スティーブンさんが女将さんに代わって食事を運んでいるのを眺めながらラッセル殿下がしみじみと呟かれました。

 その目には温かな親愛の情が浮かんでいます。


「お久しぶりです、騎士殿下!」


「ああ、久しぶりスティーブン……カレンは俺の知り合いだ。これから一緒に暮らすことになるだろうが、変なことをしたらただではおかないから覚えておけ」


「あ、はい……」


 ラッセル殿下の冷たい声に、スティーブンさんの笑顔が引きつります。


「ほら、スティーブン! ハンバーグトマトソースお出しして!」


「はーい!」


 スティーブンさんが厨房からの呼び声に応えて引っ込んでいきます。


 本日のラッセル殿下のハンバーグはハンバーグトマトソースでした。


 スティーブンさんとお酒を一杯酌み交わして、ラッセル殿下はお店を後にしました。

 ラッセル殿下、友達いたんですね。よかったです。




 そして週末、春の豊穣祭りが来ました。


 早朝から空砲が鳴り響いています。

 街は飾りつけで賑わっています。

 朝ご飯の麦パンと野菜スープを食べながら女将さんと旦那さん、スティーブンさんが慌ただしくお祭りに出すお食事を作ってるのを眺めます。


 朝ご飯はおいしかったです。


 旦那さんとスティーブンさんがお食事を積んでお外に出ます。


「いってらっしゃい! 売ってらっしゃい!」


「行ってらっしゃいませー」


 女将さんと私でお見送り。

 そして食堂を整えます。


 椅子を壁際に並べます。お見合いパーティーは人をより多く入れるために立食パーティーです。


 軽食を机の上に並べていきます。


「ごめんね、カレンちゃん。案内状作ったときにでも言っとけばよかったわ」


 女将さんが心底申し訳なさそうにおっしゃいます。


「案内状は毎年代筆屋さんに頼んでるのよね……」


 代筆屋さんは昔はもっと盛況だったお仕事です。代筆屋兼代読屋です。

 女将さんのように街の人が文字が読めないのが普通だった頃に隆盛を誇ったお仕事です。

 貴族の五男坊さんとか行き場のない方がやってます。


 若い世代の識字率が伸びたことで廃れていくご職業です。


「まさか騎士殿下とのデートを邪魔することになるなんて……」


「デートではない、です……」


 見た目はデートかもしれませんが明言をしていない以上デートではありません。

 あんまり期待しすぎると後が怖いのです。


 ラッセル殿下はなんというかある日突然、婚約者を紹介しに来そうなとこがありますから……。

 私は、期待しないでおこうと思うのです。


「今日のお客さんはケイトちゃん、ジャックくん、チェスターさん……」


 お金大好きケイトさんは未だ、お見合いにまではこぎつけてません。

 地主のエリックさんが婚約されたことを聞いて悔しがったりしてらっしゃいました。


 門兵さんのジャックさんも今日はお休みなんですね。


 チェスターさんは宝石商の息子さんです。まだお会いしたことがないので、何故お見合いが滞ってるのかは知りません。


 何にせよ、腕の見せ所です。

 集団同士の好悪を見極め、お見合いに導いて見せましょう!


 そして午後には胸を張ってラッセル殿下とお祭りに行くのです。


 楽しみな気持ちで飲み物やサンドイッチ、果物なんかをテーブルに並べていきます。


 色鮮やかなテーブルができあがりました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る