23 私のもの
「えっとですね、多分、オフィーリアさんは嬉しかったのだと思います」
「そんなことどうしてあなたに分かるのですか!」
ばあやさんが血相変えて私に怒りを爆発させます。
「わ、私だったら嬉しいから……?」
見たものについては言えないので、とりあえずそうごまかしてみます。
「何をむちゃくちゃな!」
「ばあや、やめて。そのお嬢さんの言うとおりだから」
オフィーリアさんは泣き濡れた声でそう言いました。
「……そうです。私は嬉しかった。だって、私、こんなものいただいたことないから……」
オフィーリアさんは銀のネックレスの近くに手を当てました。
「今日のドレスもネックレスも、家のものを、お姉様のお古を借りてきただけで……ピアノだって家にあるというだけのもので……誰も使わないから自分のものにしていただけで……『自分のもの』で、こんな素敵なものもらったことなかったから……だから、嬉しくて……」
オフィーリアさんがポロポロと泣きながら、そうおっしゃいます。
「お嬢様……」
ばあやさんがオフィーリアさんを涙目で見つめます。
子爵家のお嬢様にも色々あるのですね……。
そんな彼女の様子を見て、エリックさんのお母様が目にハンカチを当てられます。
エリックさんのお母様は物静かな方のようですが、オフィーリアさんに向ける目には柔らかい温かさを感じます。
「オフィーリアさん」
エリックさんが燃え上がるような瞳で、オフィーリアさんを見つめました。
「俺と結婚してください。俺は幸い財だけはありますから、あなたに多くのものを与えましょう。約束します。悲しい思いなどさせませんから」
「……ありがとう、エリックさん」
オフィーリアさんは微笑まれました。
「でも、エリックさん、妾の子供である私と結婚しても、子爵家の後ろ盾などあってないようなものです。それでもよろしいでしょうか……?」
「ええ、俺は……あなたの美しさに一目惚れしてしまったので」
照れたようにエリックさんは笑われました。
「まあ」
オフィーリアさんの頬が赤く染まりました。
温かな視線が交わされます。
柔らかいです。ホカホカします。
その後はもう、事務的な話が進みました。
何しろ貴族と地主の結婚です。
確認しなければいけないことは山ほどあります。
私も女将さんもぽかんとしておりました。
必要なのは『お見合い斡旋所』ではなくお役人な気がします。
「……じゃあ、ピアノは持っていかないで、エリックさんの家にあるものをいただくということで」
オフィーリアさんがポツリとおっしゃいました。
その目は柔らかい温かみに満ちています。
「ええ、オフィーリアさんが嫁入りするまでにピアノは調律して弾けるようにしておきますね」
エリックさんは満面の笑みでそう言いました。
「楽しみです」
オフィーリアさんはそう言って微笑まれました。
そうしてお話し合いは大体まとまりました。
私と女将さんの出る幕はありませんでした。
「お嬢さん」
オフィーリアさんが帰り際に、私に話しかけられました。
「は、はい」
「私、泣いてしまってごめんなさいね。あなたがフォローをしてくださって嬉しかった。是非に結婚式にいらしてちょうだいな」
「お、恐れ多いです……」
口ではそう答えましたが、子爵家程度の結婚式なら出たことはあります。
どちらかというと私を知る貴族に会ってしまうのが困るのですが……。
まあ、オフィーリアさんはご実家であまり良い立場にはないようですから、他の貴族が参列しないと考えましょう。そうしましょう。
「あの、カレンさん……」
ばあやさんがバツの悪そうな顔で私に話しかけました。
「先程は叱りつけたりして……申し訳ありません……」
深々と頭を下げてきました。
「大丈夫です!」
ばあやさんがオフィーリアさんに向ける目には溢れんばかりの愛情が溢れています。
干したばかりのお布団みたいな温かさです。
愛故のことだと分かってしまえば私に咎めることなど出来ません。
「気にしないでください!」
私はばあやさんの顔を覗き込みました。
「慣れていますから」
ばあやさんは困ったような顔をされました。
「それでは失礼いたします。エリックさん、また今度」
「はい、迎えに行きます。オフィーリアさん」
皆さんが去られて、お茶の片付けをしながら、私は思わず呟いていました。
「……オフィーリアさん、最初にどうしてあんなにエリックさんのことお嫌いだったのでしょう」
「あら、そうなの?」
「あ、はい……」
女将さんには私の『力』のことは話していません。
私の勘がとても良いという感じで受け止めてもらっているようです。
「まあ、エリック坊っちゃん評判悪いから」
「え……」
一気にオフィーリアさんが心配になります。
「お金持ちだからねえ。どうしても
女将さんの顔は母親のような優しさに包まれていました。
……そういえば女将さんと旦那さんの間にお子さんはいないのでしょうか?
何だか今更聞きづらいですね。
「それじゃあ、まあ、夜営業の準備に……」
女将さんがそう言いかけた途端、カランカランとベルが鳴ってドアが開きました。
「ただいまー!」
明るい笑顔のお兄さんがお店に入ってきました。
「あら、お帰り、スティーブン」
女将さんがさらりと言います。
「カレンちゃん、この子スティーブン。うちのドラ息子」
……いらっしゃったんですね、お子さん。
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