令嬢と地主
22 お見合い〈地主と貴族〉
「大っきい……」
さすがに王宮ほどではありませんが、地主さん家は神殿の敷地くらいの大きさはありました。
「何かご用でしょうか?」
門番もいらっしゃいます。しっかりしています。
「『腹ぺこ亭』の『お見合い斡旋所』から参りました。カレンです」
「ああ、お噂はかねがね」
……私、噂になっているのでしょうか? どこら辺が、でしょう。
「エリック様にお見合いのご案内に参りました」
「かしこまりました。お通りください」
私はあっさり地主さんの家に入ることに成功しました。
応接間に通されます。
王宮と比べれば大したことはないのですが、久し振りの豪華なお部屋にちょっとめまいがします。
「お待たせ、カレンさん」
エリックさんらしき若い男性が入っていらっしゃいました。
「それで、お見合いの候補者が来たって?」
「はい。スチュアート子爵家のお嬢さんなのですが……」
包み隠さず、お妾さんの子であることを告げます。
先方からすでに、隠して後で揉めるよりは、と喋る許可はいただいています。
「貴族の娘さん! すばらしい!」
エリックさんが嬉しそうに手を叩きます。
「妾の子など関係ない! 貴族の娘として嫁いでくれるのなら箔がつく! ありがとう『お見合い斡旋所』さん! この縁談が成立した暁には報酬ははずむよ!」
「あ、ありがとうございます」
私はなんだか困ってしまいながら、頭を下げます。
「で、先方の空いている日は?」
「は、はい」
日程の打ち合わせをして、お見合いは今週の平日最後の日に決まりました。
私は地主さんの家を辞したその足で子爵家に向かいます。
北区でも王宮に近いところにある邸宅、それがスチュアート子爵家でした。
「『お見合い斡旋所』から参りました。カレンと申します。オフィーリアお嬢様のお見合いの件で参りました」
「ご用件はこちらで承ります」
お屋敷の中に通してももらえませんでした。
そしてエリックさんと決めた日時をお伝えします。
「お嬢様に伝えておきます。わざわざご足労をお掛けしました」
「いえいえ、では、当日、お待ちしております」
私は帰路に、街に出て最初に入ったあの洋服屋さんに寄りました。
今週末のお祭りに備えて、ちょっとだけ鮮やかな色をした服を買いました。
今日は値引きしてもらわなくても大丈夫です。何せ『お見合い斡旋所』でのお給料がありますから。
お祭り前日にして地主の息子エリックさんと子爵家のお嬢様オフィーリアさんのお見合いの日が来ました。
エリックさんはお母様を連れていて、オフィーリア様は以前にも連れていたばあやさんを連れてらっしゃいます。
エリックさんの目は熱に浮かされたような熱さです。
オフィーリアさんの美しさにイチコロのようです。
対するオフィーリアさんがエリックさんに向ける目はとても冷たいです。
……まあ、厄介払いのように庶民と結婚させられるのです。悪感情があるのも仕方ないのでしょう。
ふとエリーさんとの会話が思い出されます。
「世の中には嫌いな男のとこに嫁ぐ女だっている」と、エリーさんは言っていました。
オフィーリアさんにとって、この結婚はそれなのでしょうか。
このお見合いを進めてもいいのだろうか、私は迷ってしまいますが、女将さんがキビキビと段取りを進めます。
「それではお二人とも自己紹介を……オフィーリア様から」
「……子爵スチュアート家のオフィーリアです……趣味はピアノ」
「ピアノですか! いいですね!」
エリックさんは食い気味に返します。
「地主の息子のエリックです。ピアノは我が家にありますが、古びて誰も使っていないものですが、オフィーリアさんのために是非修理しましょう」
「いえ……自分の家のピアノをできれば嫁入りの時には持っていきたいと思っています……」
「ああ、そうなのですね。大丈夫。スペースはありますよ。何せ地主ですから!」
オフィーリアさんの冷たい瞳を感じているのは私だけなのでしょうか?
エリックさんははしゃいだ様子を隠さずに会話を続けます。
「……そうですか」
「はい! ああ、これ、お近づきの印に持って参ったものです」
エリックさんは懐から箱を取り出されました。
「どうぞ!」
「……どうも」
オフィーリアさんはゆっくりと箱を開けました。
その中には銀色のネックレスが入っています。
そこまで派手派手しいものではありません。どちらかという繊細な細工が際立っています。
オフィーリアさんはしばらく無言でその箱の中を見ていました。
「…………」
ちょっと長いですね……。
「…………」
き、気まずいですね!
「お、おつけしましょうか、お嬢様」
ばあやさんが助け船を出します。
「……ええ」
オフィーリアさんは頷きました。
ばあやさんは立ち上がり、ネックレスを取り外して、新しいネックレスを付けました。
「お似合いですわ!」
女将さんが褒め称えます。
私の目にも似合っているように見えます。
「よかった」
エリックさんは嬉しそうにニコニコと笑っています。
ばあやさんは取り外したネックレスをハンカチで丁寧にくるんでしまい込みました。
「……ありがとうございます、エリックさん」
そう呟いたオフィーリアさんの頬を一筋の涙がこぼれ落ちました。
「……お嬢様!?」
ばあやさんが血相を変えました。
「ど、どうされました!? お嬢様!?」
「あ、大丈夫……です」
私は口を挟みました。
「オフィーリアさん、えっと、そのネックレスとても気に入られたようですから」
オフィーリアさんのネックレスに落とす視線には柔らかい温かみがこもっていました。
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