19 悔恨

 カチンコチンになりながら私はラッセル殿下を部屋に迎え入れました。


 とりあえず部屋に見られて困りそうなものは特になかったです。

 よかったです。


「ええと、それで私に頼みって……?」


「最近、騎士団の中で大きく人事異動があった」


「はあ」


「おそらくお前が王宮からいなくなったことが影響している。そして北の騎士寮にもいくつか新顔が来た。そいつらの俺に向ける視線を確認してほしい」


「……ラッセル殿下に……」


 それは、つまり、そういうこと・・・・・・なのでしょうか。


「……王位継承順第三位……俺なんかを暗殺してもしょうがないとは思うが……まあ、そういうことだ」


「……分かりました」


 私は危機感を持って頷きます。

 ……王宮で何が起こっているのでしょう。

 あまり良いことは起こっていなさそうです。


「……私は、王宮をよりよくするために、追放を甘んじて受け入れました」


 うつむきながら、私はポロリと漏らしていました。


「私の行いは陛下のためにならない、そう思ったのです。でも、でも……手遅れ、だったのでしょうか」


「……そうかもしれない」


 ラッセル殿下の言葉はとても厳しいものでした。


「……クラリスの存在感は増しているそうだ。風の噂だが、母上をないがしろにした振る舞いをしていると怒っているものもいるという」


「……王妃様」


「母上は気丈な方だし、王太子の母でもある。その地位は盤石だが……場合によっては俺も王宮に戻ることを考えなくてはいけないかもしれない」


「ご、ごめんなさい……」


「……何故謝る」


「わ、私が、しっかりしていたら、もっと早くに……こんなことおかしいって言えてたら……」


「君は何かを勘違いしている」


 ラッセル殿下はきっぱりとそうおっしゃいました。


「……君を聖女として取り立てたのは母上で、君の意見を採用したのは父上だ。……わずか10歳の君の言葉を、だ」


「でも、だって、私は……私の力は本物、だったから」


『ああ、あなたは本物なのですね。よかった……』


 王妃様が私を見出してくれたときのことを思い出します。

 王妃様はそれはそれはほっとしたお顔をされていました。


『元聖女として次代の聖女を見つけられた……これで、お役目を果たせます』


 聖女とは、ひとつには王宮の神殿に仕える女子のことです。

 しかしもうひとつ、本物の聖女がいます。

 本物の聖女は『力』を持っていて、王族に益をもたらすのだと言います。


「……私、本物だったはずなのに、王族に……陛下のお役に立たなくてはいけなかったのに、果たせなかった……!」


 ずっと心苦しかった。

 私の言葉で乱れていく政治。

 どうにかしたいと願っても、あがいても、一向によくならない。


「……聖女の力の使い方を、陛下は間違えたのだ」


 父上、とラッセル殿下は国王陛下を呼ばなかった。

 陛下、と呼んだ。


「聖女の力の本質をあの方は見誤った。もっと違う使い方をすればよかった。聖女の力を都合の良い神託扱いした。それはあの方の罪だ。……子供だった君が、背負うことでは」


「私、もう18です。最初は子供でも、もう大人なのです」


 私はラッセル殿下に反論します。


「もっと早くにどこかで気付くべきだったのです。取り返しがつかなくなる前に……」


「君を信じるのも信じないのも国王陛下の責任だ……正直に言おう、俺は、もうクラリスに父上が殺されるのなら自業自得だと思っている」


「そ、そんなこと……」


「……それなのに、俺は君に自分への刺客を探せ、などと言っているな」


 ラッセル殿下は複雑な微笑みを漏らしました。


 私はその表情をどう受け取っていいのか、分かりません。

 私への好意は感じられます。ちょうどいい熱さのお茶くらいです。

 しかし、ラッセル殿下が何を考えているのかは分かりません。


「……それはそれでいいのです。私も、あなたに死んでほしくはないから」


 私はこのラッセル殿下の温かさを失いたくはない。

 それだけは、確かです。


「でも、覚えておいてください、殿下。私が見分けられるのは好悪。あくまで悪意を持って殿下を害なそうというものだけです。感情なく人を殺せる人には効果がありません」


「そこまで質の良い暗殺者が来るとは思っていない」


 ラッセル殿下はニヤリと笑われました。


「俺ごとき相手にそこまでしないだろう、というのと君がいることを知っている者は……おそらくいない、はずなのだがな……」


 ラッセル殿下は一瞬、虚空に目を迷わされました。

 何かの話をするのをためらわれたようにも見えましたが、私は追求するのはやめておきました。

 ……殿下が言いたくないのなら聞かない方が良いのです。


「そう、ですか」


 それなら良いのですが……。


「……ラッセル殿下、私、多分、自信がないのです」


「自信?」


「だって、私の力、役に立たなかったから」


 クラリス様の視線に宿る悪意を見抜いても、それを陛下に伝えきれないなら、一番伝えなくてはいけない人に伝えられないなら、意味がないのです。


「……『お見合い斡旋所』では、活躍中と聞いているが?」


「どう、でしょう」


 私が成立させられたのはたったの二組。

 シンシアさんとダニーさん。

 エリーさんと郵便屋さん。

 この二組です。

 前者は最初からお二人は好き同士で問題があるのは親御さんでした。

 後者は幸せになれるかも分かりません。


 ジャックさんやケイトさんにはふさわしい相手を見つけられていません。


「……どうでしょうか……」


「まあ、いいんだ。俺が信じてる。それで、いいんだ」


 ラッセル殿下は微笑まれていました。


「ああ、それでさっそくで悪いが、明日の朝さっさと見てほしいんだ」


「分かりました」


「だから、今夜は騎士寮に泊まってくれ」


「分かりました……?」


 え?

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