18 ラッセル殿下にミートパイを

 鉄板を手袋をつけた手で引き出すと、その上にはほかほかのミートパイが乗っていました。


「うわあ……」


 湯気が立っています。

 私が温度を感じられるのは人の視線だけで、食べ物の熱を感じることはできませんが、これは見れば分かります。熱々です。


「切ってみるね」


 シンシアさんが大胆にパイを真っ二つに切りました。

 断面が美しいです。


「火は通ってるわね。とりあえず食べる?」


 さっきサンドイッチを食べたばかりなのに、と思わなくもないですが、肉汁滴るミートパイは食欲をそそります。


「はい!」


 シンシアさんが一口サイズに切り分けてくれたミートパイを口に運びます。


「ふーふー……」


 息を吹きかけ、一口。


「……おいしい!」


 おいしいです。

 みじん切りにしたはずの野菜の大きさはバラバラだし、炒めるときに焦げ付いたし、パイから具材がはみ出していますが、それでもおいしいです。


「よかった。よかった」


「……でも、これはまだラッセル様には見せられません……」


 この出来ではまだまだです。

 もっとちゃんとしたものをお出ししたいです。


「そう」


 シンシアさんはにんまりと笑いました。


「……なんです?」


「いやいや……とりあえず包んじゃうわ。女将さんたちも食べたがってたんじゃない?」


「あ、はい……」


『腹ぺこ亭』の女将さんは「どんな出来でも是非カレンちゃんが作ったパイを食べさせてね」とおっしゃってくださいました。


「お土産お土産」


 シンシアさんがサンドイッチを包んでいた紙にミートパイを包み直します。


「これでよし!」


「ありがとうございます。シンシアさん」


「どういたしまして。また、遊びにおいで。今度はお茶でもして世間話でもしましょう」


「は、はい!」


 ミートパイと包丁を大事に抱えて、私は家路につきました。




 そして今夜も、ラッセル殿下は『腹ぺこ亭』を訪れました。


「こんばんは、ラッセル様」


 私はすっかりラッセル殿下がいらしたときは、一緒に夕飯を食べるのが習慣になっています。

 そして今日は珍しいことに、というか初めてのことに、今夜のラッセル殿下はおひとりではありませんでした。


「やっほーカレンちゃん」


 若い門兵さんをお連れでした。


「こんばんは、ジャックさん」


 若い門兵、ジャックさんは現在『お見合い斡旋所』に登録中です。

 ですが、今のところ「兵士はちょっと……」という女性が多くてお見合い成立には至ってません。


 結構安定したご職業なんですけどね、兵士。

 ここら辺では南方戦争に行かれたヴィクトルさんのことが引っかかってる方も多いかもしれません。


 ちなみにヴィクトルさんは来週には帰還される予定だそうです。


「ラッセル様が誰かとご一緒だなんて珍しいですね」


「たまたまだ」


「はいよー、お待たせ! ハンバーグセット! お肉セット! グラタンセット! とこれ、サービスのミートパイ!」


 ハンバーグセットはもちろんラッセル殿下、お肉セットはジャックさん、グラタンセットは私ですが、それどころではありません。


「!?」


 私が女将さんたちにお土産で持っていったミートパイがお盆の上に載っています。


「お、お、お、女将さん! わ、私のミートパイなんて、お店で出すレベルじゃないです!!」


「カレンが作ったのか、これ」


 じっとラッセル殿下がミートパイを見つめます。

 どう見てもぶかっこうなミートパイ相手にずいぶんと熱心な目をされています。

 ひき肉料理なら何でも良いんでしょうか、この王子様。


「うう、はい……」


 恥ずかしい。

 私のミートパイなんてラッセル殿下にはまだお出し出来るようなレベルではありません。


「わーい!」


 ジャックさんがミートパイに手を伸ばします。


「あああああ」


「ごゆっくりー」


 女将さんが厨房に引っ込んでいきました。


 ラッセル殿下も無言でミートパイを口に運ばれます。


「ああああ」


 私はお止めするのも失礼に当たるので、もはやどうしようもなく、呻くばかりです。


「うん、うまい」


 ラッセル殿下はそう言って微笑んでくれました。


「ううううう」


「なんだ、どうした」


「だ、だって、具材の大きさもバラバラですし、焦げ付いてますし、パイ生地からはみ出てますし……」


「そんなことは些事だ。おいしいものはおいしい。また、作ってくれ、カレン」


「はい……」


 ああ、顔が熱い。


 その後、私はシンシアさんにミートパイの作り方をどのように教わった話を、そしてダニーさんには専用の包丁をいただいた話を、ラッセル殿下にしました。


「シンシアさんがケースを、ダニーさんが包丁を作ってくださったのです!」


「そうか、よかったな。料理だけでも少しずつ出来るようになれば、人生意外と困らないからな」


「はい! がんばります!」


「騎士は実は遠征とかがあるから、騎士殿下も料理できるんすよねー」


 おとなしく私達を生温かい目で見守っていたジャックさんが、そう口を挟みました。


「そ、そうなんですか!?」


「ああ、まあな」


「……はあ」


 多分、ラッセル殿下は私よりもお料理がお上手でしょう。


「……ラッセル様のお料理もいつか食べてみたいです」


「……そうか」


 ラッセル殿下は思ってもみなかった、みたいな顔をされました。


 門兵さんが先に食べ終えました。


「ジャック、ここは奢るから、先に帰っていろ」


「はい!」


 ジャックさんは素直にラッセル殿下の声に応えて、帰られていきました。


「……カレン、実は頼みがあるんだ。ここで話すのは少し問題がある。君の部屋にいいか」


 部屋!?


「……へっ、は、はい!」


 お店の中はにぎやかです。

 お酒が入っている方もいるので、夜はいつもそうです。

 それでも尚、聞き耳に用心したい。それほど大事なことなのでしょう。


 ラッセル殿下がご自分とジャックさんの分のお会計をされています。

 ちなみに私の食費は『お見合い斡旋所』の給料に含まれているので支払わなくても大丈夫です。


 その隙に私は必死で自分の部屋の様子を思い浮かべます。

 大丈夫でしょうか? 片付いているでしょうか。

 下着が出しっぱとかになっていないでしょうか。


「…………」


 駄目です。ちゃんと思い出せません。

 いつも暮らしているところの記憶ってあいまいになるものですね。


 何にせよ、ラッセル殿下がお会計を終えました。

 行かなくてはなりません。

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