日常
16 結婚式
あの後、ケイトさんは手付金を払いにいらっしゃいました。
しかし、今のところケイトさんのお眼鏡にかなう方はいらっしゃらないようで、お見合いは成立していません。
ラッセル殿下とお見合いをしたいとは何度かおっしゃっていましたが、ラッセル殿下には一切その気がないようです。
その代わりというか何というか、若い門兵さんが、有言実行。『お見合い斡旋所』に登録されました。
お相手は「可愛い子希望!」だそうです。
そして本日はとうとう待ちに待ったシンシアさんとダニーさんの結婚式、のはずだったのですが……。
「神父様がギックリ腰!?」
シンシアさんのお母様、レティシアさんが悲鳴に近い声を上げます。
参列者の皆さんもざわついています。
「は、はい……祭壇に立てるような状態ではとてもじゃないが、ありません……」
お医者さんがレティシアさんの剣幕に引きながら、そう返します。
私も王宮の神殿で、重臣の方が結婚されるところなら見たことがあります。
王宮の神殿で進行役を務めるのは、神父様ではなく国王陛下ですが、役割はほぼ同じだそうです。これは前にラッセル殿下に雑談の流れで聞きました。
あの長丁場は確かにギックリ腰でこなせるようなものではないでしょう。
「他の区から神父様を呼んで……」
「いや、春の1月だぞ、他の区だって結婚式を……」
「じゃあ、どうすれば……」
レティシアさんとダニーさんのお父様、そしてシンシアさんのお兄様が青ざめて囁き合っています。
「あ、あの!」
私は手を挙げました。
「北の騎士寮に早馬を飛ばして、ラッセル様……騎士殿下をお呼びしましょう!」
王族方は神に連なる血筋です。
よって国王陛下が神父の役割を務めるように、王族であれば、神父の代わりを務めることが出来るのです。
ラッセル殿下は黒い騎士の制服のまま現れ、あれよあれよという間に、神父服を着せられました。
ゆったりした白を基調としたお洋服もよくお似合いです。
「まったく……」
少し呆れたように言いながらも、ラッセル殿下は笑顔でした。
そのまま私に視線を送られます。
「カレン、俺は聖句なんてほとんど覚えていないし、結婚式の手順に至ってはさっぱりだ。そこら辺のサポートは頼むぞ」
「はい!」
お任せください!
私は王宮の神殿で8年間生きていた女です。
結婚式なんて一体何度見たことでしょう。
「……カレンちゃんって、なんで、そんなに結婚式に詳しくて、騎士殿下に信頼されているの?」
美しい花嫁衣装に身を包んだシンシアさんが怪訝そうな顔をされます。
「じ、慈善事業の一環で結婚式のお手伝いもしていたので!!」
私は慌ててごまかしました。
「今日の佳き日に、神の代理人である第三王子ラッセルが、ダニーとシンシアの婚姻を見届ける」
ラッセル殿下のその一言で、結婚式は始まりました。
ラッセル殿下は私がお教えした神の代理人としての文言をそらんじます。
その姿に参列者の女性陣が熱視線を送っています。
そういえば殿下はモテるのでした。
……殿下ももう23歳です。ケイトさんとかはともかく、よいお相手はいないのでしょうか?
「それでは、神に捧げる聖句を唱えよう。皆、カレンに続いて聖句を唱えなさい」
「――すべてを天の神に捧げます。我が
私が唱える聖句に皆さんが続きます。
ああ、この役目は王宮の神殿では王妃様の役割です。
なんだか恐れ多いです。
そして式は終盤にさしかかります。
「ダニーは、シンシアを愛し、ともに歩むことを誓うか?」
「はい、誓います」
ダニーさんが緊張たっぷりにそうおっしゃいます。
「シンシアは、ダニーを愛し、ともに歩むことを誓うか?」
「はい、誓います」
シンシアさんが美しく微笑まれてそうおっしゃいます。
「ならば、ここに神の代理人の元にダニーとシンシアの婚姻は成立した。皆のもの、万雷の拍手を!」
私達は盛大な拍手で二人の門出を祝いました。
「ふう……」
喧騒から離れて、ラッセル殿下が神父服の胸元を緩めます。
私はそこにお飲み物とハンバーグを持っていきます。
結婚式のお料理は我らが『腹ぺこ亭』が用意したものです。
「どうぞ、ラッセル様」
「ああ、ありがとう」
ラッセル様はお水を一気に飲み干しました。
そして熱い視線でハンバーグを見ます。
私はハンバーグをさっと差し出しました。
「あの、騎士寮からいきなり呼び出してしまいましたが、騎士としてのお勤めは大丈夫でしたか?」
今更ですが、私はそう問います。
ハンバーグをかっ込みながら、殿下は答えます。
「問題はない……俺はなんだかんだ王子として扱われているからな。こういう時は融通が利く」
「よかった……」
「しかし、俺なんかが神父代わりで良かったのだろうか」
「ラッセル様は『なんか』じゃありません!」
思わず大声が出ました。
「ら、ラッセル様は……素晴らしい方です!」
「あ、ああ、ありがとう」
ラッセル様はそっぽを向かれてしまいました。
その耳が赤いので、照れてるようです。
「私も結婚するならラッセル様のお導きがいいくらいです!」
「え?」
「え?」
ラッセル殿下の困惑に私も困惑を返します。
何か変なことを申し上げたでしょうか。
「か、カレン、そういう相手がいるのか……?」
「おりませんよ?」
私に今好きな人がいるとしたら、それは多分ラッセル殿下です。
そしてラッセル殿下は第三王子です。
元聖女という汚名を背負う女と結婚できるわけがありません。
「そ、そうか……」
ラッセル殿下はぎこちない笑顔を見せました。
その視線は目いっぱい運動をしたあとの子供を抱きしめた時のような熱を持っていました。
……ラッセル殿下の視線は会うたびに温かくなっていきます。
私は、心を動かされぬようにいつも必死です。
人の心に左右されるなんてロクな事にならないのですから。
こうして春の1月は終わりを告げました。
なんとも波乱に満ちた1ヶ月でした。
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