ケイト
14 「ケイト」
今日も今日とて『お見合い斡旋所』は営業中です。
時刻は夕方、そろそろ斡旋所は店じまいして、『腹ぺこ亭』に晩飯を食べに来る方もいるかなという時間帯です。
カランカランとベルが鳴ります。
「いらっしゃいませー」
私のあいさつもまあまあ板についてきたと思います。
入ってきたのは20歳くらいの女性でした。
朴訥としたあまり特徴のない顔をしています。
キョロキョロと落ち着きなく店を見回してから彼女は私を見つけました。
「こ、こんにちは」
緊張されているのでしょうか。
「はい、こんにちは」
私はなるべくにこやかに答えます。
「ここが『お見合い斡旋所』ですか?」
「左様でございます」
「登録しに来たんですけど」
「どうぞ、お掛けください」
やっぱりキョロキョロとしながら女性が椅子に腰掛けます。
「お名前、ご家族、ご職業をお願いします」
「名前はケイト。家族はいなくて仕事は酒場のホール。酒場近くの下宿屋に住んでるわ」
「ふむふむ」
私はメモを取ります。
「結婚相手の希望をお聞かせください」
「お金持ち!」
ケイトさんのお言葉はとても明瞭でした。
「私、お金が大好きなの!」
なんだか言葉にどんどん熱が入っていきます。
「お金持ちなら死にかけのお爺さんとかでもいいわ! いえむしろ好都合!」
「え、えーっと、登録されている方の中に死にかけのお爺さんはいませんね……」
「そう……」
ケイトさんはあからさまにがっかりされました。
死にかけのお爺さんはなかなかお見合いをしようとは思わないと思います……。
「登録されてる中で一番お金持ちそうなの、誰?」
「えーっと」
女将さんと協力し、最近は登録者リストも作っています。
主に私が読み書きするためのものです。
「宝石商の息子のチェスターさんとか……」
「宝石か……宝石は足がつくからな……」
なかなかに聞き捨てならないお言葉ですね。
何か企んでいるのでしょうか。大丈夫でしょうか、この人。
朴訥としたイメージは完全に外見だけですね。
「他は? 他は?」
しかしケイトさんの食いつきはとてもいいです。
「えーっと……」
私は男性陣の似顔絵を取り出しました。
『お見合い斡旋所』への登録に似顔絵は必須ではありません。
しかし、お金持ちの方は似顔絵を置いていくことが多いのです。
つまり似顔絵があるということはお金持ちということです。
それを説明してケイトさんに見せます。一応チェスターさんのも混ぜておきます。
ケイトさんが似顔絵を見る目は無温です。
感情というものが宿ってません。
まあ、似顔絵に恋するというのも難しいでしょうしね。
「ふむふむ……この人は?」
「地主の息子さんです。北区の一角は全部この人のご実家の土地です」
「うーむ、この人は?」
「おや、お目が高い。そちら伯爵の息子さんです。妾の子なので、貴族社会での婚活を避けて、こちらに登録されています」
その父親の伯爵さんとは王宮で面識があったので、ちょっと複雑なのが私です。
あんまり関わり合いになりたくないなあと思っています。
「貴族かあ、貴族はなかなかいいわよね……」
ケイトさんの目がキラーンと輝きます。
「妾の子なら後腐れもなさそうだし」
「はあ……」
なんだかケイトさんのお言葉がいちいち不穏です。なんなんでしょう。
私この人にお見合い勧めて大丈夫なんでしょうか。
女将さんに助けを求めたいところですが、彼女は夜営業の準備で忙しくされています。
そうしている間に外はすっかり暗くなってきました。
カランカランとベルが鳴りました。
「いらっしゃいませー」
「女将さんおまかせディナー4人前!」
「はいよ!」
食事に来たお客様4人組でした。
「あ、ケイトさん、どうされます? 少し、奥に引っ込みますか?」
「そうね」
ケイトさんと私は入り口近くの席から奥の席に移動します。
ああ、ここは最初にラッセル殿下と座った場所ですね。
なんだか懐かしいです。あれからもう1ヶ月くらい経っています。
今週末にはシンシアさんとダニーさんの結婚式に参列します。
楽しみです。
ケイトさんはお店のお客さんに視線をやりました。
「……お金は持ってなさそうね」
はい、彼らは普通の町民です。お金は持っていないです。
そうあけっぴろげに言うことでもないと思いますが……。
ケイトさんは改めて似顔絵に目を落としました。
「うーん、この人は?」
「そちらの方はご実家が金貸しをやってらっしゃいます」
「金貸し!」
ケイトさんの目がキラーンと輝きます。
「なんて素敵な響き! この人にしようかしら……」
お金、本当にお好きなのですね……。
ケイトさんが似顔絵を前に悩まれている隙に、カランカランとまたベルが鳴り、お客さんが入ってきます。
「いらっしゃいませー」
そこにいたのは、ラッセル殿下でした。
ラッセル殿下はすぐに私を見つけ、仕事中だということを把握するとまっすぐカウンター席に向かわれました。
思えばラッセル殿下はいつも一人で『腹ぺこ亭』には来店されます。
……騎士寮にはお友達がいないのでしょうか?
「……ねえ、あの人は?」
ケイトさんがラッセル殿下を見つめながらそうおっしゃいました。
「ええと、彼は登録してません……」
「私の勘が告げてるわ。あの人、お金持ちよ!!」
「えーっと」
どうなんでしょう?
一国の王子様ですから、お金持ちでもおかしくないのですが、何せラッセル殿下は王宮を辞して、騎士になられた身。
お金をどうされているかは、そういえば聞いたことがありませんでした。
普通は聞くことでもないですしね。
「お金持ちだとしても、ええと、『お見合い斡旋所』のお客ではないので……」
とりあえずそう申し上げますが、ケイトさんは一切聞いていません。
というか席から立ち上がっています。
ラッセル殿下に一目散です。
待ってほしいです。必死に追いかけます。
「け、ケイトさん!!」
「あのー」
今日も今日とてハンバーグディナーを心待ちにしているラッセル殿下は困惑したように、しなを作るケイトさんを見ました。
「あ、あのー、私と夕食を一緒にどうですか?」
ケイトさんがそう言っている後ろ姿を私はボンヤリ見ます。
いえ、見ている場合ではありません。
止めなくては。
『お見合い斡旋所』のお客さんが『腹ぺこ亭』のお客さんに迷惑をかけるなど、あってはならないことです。
「け、ケイトさん!」
「……すまないが、先約がいる」
私がケイトさんを止めるより先に、ラッセル殿下はすがすがしい嘘をつきました。
先約のいる方がカウンター席に座るわけがありません。
ところで、ラッセル殿下のケイトさんを見る目がずいぶんと冷たいです。冬の雪だまりに突っ込んだみたいな冷たさです。
いえ、いきなり声をかけてきた人に好意を持てとは言いませんが、いきなり声をかけてきた知らない人に向けるにはあまりに冷たい目だと思います。
「一人増えても同じじゃありません?」
「け、ケイトさん!」
私は頑張って二人の間に割り込みました。
ラッセル殿下を背中に庇うようにケイトさんに向き合います。
そして、私は戸惑いました。
ケイトさんがラッセル殿下に向ける目は、無温でした。
粉をかけていたというのに、無温。
そんなことがあるのでしょうか?
いえ、あるのです。目の前に。
「……ケイトさん?」
私は戸惑いの声を上げました。
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