13 エリーの幸せ
私はエリーさんを自室に招きました。
「ど、どうぞ、何もないところですが……」
「本当にベッド以外、何もないわね。ベッドは何故か二つもあるし……」
エリーさんは少し呆れたようにそう言ってから、私を睨みつけました。
「何、なんなの、あの目」
「わ、私、そんなに変な目をしてました?」
自分の視線がどうなっているか分からない。それは私の一番の悩みといってもよいです。
「めっちゃ哀れなものを見る目だったわよ、むかつく」
「も、申し訳ありません……」
「……いいのよ」
エリーさんは私に言ったのではないでしょう。
そのくらいは分かります。
「郵便屋さんと結婚して、そこそこ幸せになるわ。それがいい、ミリー姉さんも父さんも母さんも、ヴィクトル義兄さんだって安心するでしょう」
「でも……エリーさん、郵便屋さんのこと、好きではないでしょう?」
「嫌いでもないから」
エリーさんはきっぱりとおっしゃいました。
「世の中には嫌いな男のとこに嫁ぐ女だっているのよ、それと比べれば、なんてことないわ」
「……エリーさんは、エリーさんですよ。誰かと比べてもしょうがないです」
「……じゃあ自分と比べるけど、帰ってくるかも分からない上に、帰ってきても姉と結婚する男を待つよりはマシでしょ」
「……でも」
「私は私なりに前に進んでるのよ……」
エリーさんはそっぽを向いてそうおっしゃいました。
「で? あんた結局何に引っかかってんの? もう気持ち悪いから全部教えてほしいんだけど、私が好きでもない男と結婚しようとしてること? 戦争のせいで好きな男連れて行かれたこと? 戦争のせいで婚期遅れまくってること?」
「……全部、です」
「それ、あんたに関係ある?」
戦争についてはあります。あるのです。
「でもさ、戦争なんてなくったって、私はヴィクトル義兄さんとは結婚できなかったわよ、義兄さん姉さんにぞっこんなんだから」
「それは……はい……」
他ならぬエリーさんが言うのです。それで間違いないのでしょう。
「……戦争のことが気になるって言うのなら、あんたが哀れむべきって私より姉さんじゃないの?」
「そう、なのかもしれません」
私が謝るべきはミリーさん、そしてまだ見ぬヴィクトルさんなのかもしれません。
「そうよ、姉さんは可哀想なの……私より、可哀想。私は……そう言って溜飲を下げるの。下げることにしたの。それでいいの」
「……お姉様が、自分より可哀想だと、嬉しいのですか?」
「恋仇だもん。そのくらい許されるでしょ」
エリーさんは肩をすくめました。
「だから幸せになってやるわ。好きでもない男をその内、好きになって、幸せになってやる……それでいいじゃない」
「……いい、のでしょうか?」
「そういう意味じゃ可哀想なのって姉さんもだけど、郵便屋さんもじゃない? 好かれてないのに結婚するのよ」
「……まあ、確かに」
「だから、あんたは私を可哀想って思わなくて良いの!」
「は、はい……」
「なんならこう言ってやるわ。『お見合い斡旋所』の職員のくせに結婚してないあんたは可哀想! ってね」
「あはは……」
ああ、なんだか久し振りに声を上げて笑ったような気がします。
私の様子を見て、エリーさんは満足されたようです。
うなずくと、部屋を出て行きます。
「じゃあね。私、あんた嫌いだから、結婚式には呼ばないから。風の噂で結婚したって聞きなさい」
「はい」
嫌われるのには慣れています。
私はこくりと頷きました。
「……エリーさん、お幸せに」
「あんたに言われなくても、幸せになってやるわ」
エリーさんはそう言うと、完全に私の部屋を出て行きました。
結局、私はエリーさんたちに何も言えませんでした。
いえ、言ったところで信じてはもらえないでしょう。
たとえ怒りにまかせて罵られたところで、私がそれですっきりすることなども許されません。
「…………はあ」
答えなんて、どこにもないのでしょう。
エリーさんと郵便屋さんの結婚式は一週間後には開かれました。
驚くべきスピード婚です。
ご家族と郵便屋さんの上司数名だけが参加した、本当にささやかな式だったそうです。
式に呼ばれなかった私はその光景を想像することしかできません。
エリーさんは笑えたでしょうか?
郵便屋さんは幸せでしょうか?
アルマンさんご夫妻は、ミリーさんはどんな顔をしていたでしょうか。
「幸せに……なれるのでしょうか、エリーさん」
「さあねえ」
女将さんは苦笑いをしました。
「別に好き同士で結婚したところで、幸せになれないことはあるからねえ」
「そういうものですか……」
「うん、色々見てきたから」
女将さんは遠い目をしました。
『お見合い斡旋所』。長いことやってらっしゃる女将さんは色んな物を見てきたのでしょう。
幸せとは一体なんなのでしょう。
「こんばんは」
その夜、ラッセル殿下がいつものように夕ご飯を『腹ぺこ亭』で取りにいらっしゃいました。
「ラッセル様! こんばんは!」
「今日は何ハンバーグにするか……」
そう言いながらハンバーグを選ぶラッセル殿下の目には確かに幸せが映り込んでいました。
こういう幸せにエリーさんが包み込まれることを祈りながら、私も今夜はハンバーグを選ぶのでした。
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