12 お見合いの日

「…………」


 ラッセル殿下は無言で街を歩いています。

 何か用事があるのかと思ったのですが、そうでもないのでしょうか。


「あ、ラッセル様、王妃様からお手紙をいただきました」


「ああ、そうか。早かったな」


 ラッセル殿下は頷かれました。


「……カレン、何かあったか?」


 鋭い。鋭いです。

 ……どう喋ればいいのでしょう。

 私自身の頭の中で今日のことはまとまっていないのです。


 それでも沈黙し続けるわけにも行かなくて、私は口を開きました。


「……南方戦争のことはご存知ですか?」


「……ああ、外交問題を指摘していた重臣が、父上の判断で左遷されたと聞いている。避けられた戦争だったのではないか、と」


「……国王陛下がその決断をしたのは私の言葉のせいです」


「……5年も前だろう。君はまだ13歳だ」


「もう13歳でした」


「……戦争のことを、気にしているのか?」


「正直、今日まで忘れていました。でも……今日、知り合った方の婚約者が南方戦争に行かれていて……」


「そうか」


 ラッセル殿下は私の方を向きました。

 戦争の話になると、王宮の人の多くは私に冷たい視線を向けました。

 でも、ラッセル殿下の目にはいつものほのかな温かみが残っていました。


「戦争なんて、起きるときは起きる。一人の力でどうこうできるものではない」


「……でも」


「きっかけがどうあれ、5年も長引かせているのは、国の怠慢だ。君が気に病むようなことではない」


「……5年もの間、待ち続けていたんです。ミリーさんもエリーさんも……結局、怪我をして帰ってこられるそうです。でも、帰ってこれる人はまだ幸せで……亡くなった方だっていて……」


「そうだな。しかし兵というのはそういうものだ。そうなることを覚悟の上で兵になり、騎士になる」


「……ラッセル様も?」


「……俺は多分、死地には送られない。結局、王宮を出て殿下ではないと威張ってみても、俺は王子だ。父上も、兄上も、あの人達はきっと俺を戦場には送ることができない……ああ、俺の覚悟は、半端だ」


 ラッセル殿下は自嘲的な笑みを漏らされました。


「いっそ父上に刃向かえば、戦場に送ってもらえるかもな」


「嫌です……」


「カレン?」


「ラッセル様が戦場に行くのは、嫌です」


 ああ、身勝手です。実際に戦場に行っている方がいるのに、私の心はラッセル殿下の無事を祈っている。

 戦場なんて危ないところに行って欲しくないと思っている。

 自分の醜さに足は止まり、顔は地面を眺めます。


「そうか。うん、人とはそういうものだ」


 ラッセル殿下は私の頬に手を当てられました。


「ら、ラッセル様……?」


 すくい上げられた私の顔を、ラッセル殿下はまっすぐ見つめました。

 その目にあるのはやっぱりほのかな温かみ。


 けっして情熱的な、エリーさんや郵便屋さんのようなものではありません。

 小さな慈しむような愛情が、私に注がれています。


「うつむくな、カレン。大丈夫、顔を上げていれば、見えてくるものもあるさ」


「……はい」


 私は素直に頷きました。


「それで、母上に伝えたいことはあるか?」


「ええっと……」


 王妃様からの手紙の内容を思い出し、思案します。


「ううん、思い付かないです」


「そうか」


 気付けば私達は『腹ぺこ亭』にたどり着いていました。


「今日もハンバーグ食べて行かれますか?」


「いや、今日の夕食は寮で食べる」


「そうですか、あれ、じゃあ今日は何のご用で?」


「……君と話をしたかっただけだ」


「そうでしたか」


「…………」


 ラッセル殿下はしばし沈黙されていましたが、とってつけたように口を開きました。


「……そういえば、ミートパイはどうなっている?」


「ああ、シンシアさんが結婚式の準備でお忙しいので結婚されてからですね。結婚式は来月です。ラッセル様も参列されますか?」


「いや……俺がいきなり行ったらシンシアとやらも驚くだろう」


「まあ、そうですね」


「じゃあ、また」


「はい、また。……ありがとうございました、ラッセル様」


「礼を言われるようなことなど何もないさ」


 そう言うとラッセル様は私に背を向け、北の騎士寮に帰っていきました。


「……ふう」


 私は話せば楽になると思っていたのでしょうか?

 ラッセル殿下と話すのは楽しいけれど、楽になるのとはちょっと違いました。


「ただいま、戻りました!」


 私はせめて空元気を出すために、力一杯そう言って『腹ぺこ亭』に入りました。




 エリーさんと郵便屋さんのお見合いは週末に行われました。

 それなりに着飾ったエリーさんにご両親が付き添われています。

 郵便屋さんの方はお一人です。郵便屋さんの制服を着てらっしゃいます。

 郵便屋さんのご両親は早くに亡くなったのだそうです。


「家を借りれるくらいのお給料はもらっていますから、エリーさんさえよければ二人暮らしでもしようかと……」


「ああ、それなら、ウチからもお金は支援するから、せっかくだから中古の家でも買えば良いさ。ちょっと町外れの家なら安く買えるだろう」


 話は私や女将さんが口を挟む間もなくトントン拍子に進みました。


 ただ、私はエリーさんの様子がどうしても気にかかりました。

 エリーさんの郵便屋さんに向ける目は決して冷えてはいません。

 しかし温かくもありません。

 エリーさんはまだ郵便屋さんのことがお好きではないのです。


 しかしエリーさんは結婚に同意されています。

 ……本当に、これで良いのでしょうか。


 郵便屋さんの目は燃え上がっています。

 エリーさんを見守っていた郵便屋さんの思いはよく分かります。


「それじゃあ、そういうことで」


 それはまとめの言葉でした。


「女将さん、カレンちゃん、ありがとう」


 アルマンさんは嬉しそうに笑いました。


「どういたしまして」


 女将さんはニコニコと返します。


「ど、どういたしまして……」


 私はどうしてもエリーさんから目がそらせません。

 エリーさんも私の視線に気付いてしまったようです。

 エリーさんの少しひんやりとした視線が私に噛みつきます。


「……ちょっと、カレンさんとお話したいから、先に帰ってて」


「? あ、ああ」


 エリーさんのご両親はおとなしく帰路につかれました。

 郵便屋さんもゆっくりと立ち上がり、エリーさんに長く温かい視線を向けてから、出て行かれました。


「えーっと」


 私はエリーさんに向き合わざるをえなくなりました。

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