11 止まる心
私は『腹ぺこ亭』に戻り、自分の部屋で手紙を開封しました。
『カレンへ。この手紙は侍女に街で出してもらっています。ラッセルからの手紙であなたのことは聞いています。まずは新しい居場所を見つけられて何よりです。何か困ったことがあれば、何でもラッセルに言ってくださいね。ラッセルを通して支援します』
「王妃様……」
王妃様の優しさへの喜びと同時に複雑な気持ちが胸に宿ります。
私なんかにそこまでしてもらう価値があるでしょうか。
思い出すのは南方の戦争です。
私の言葉がなければ、どうにかなっていたかもしれないことは、私の罪ではないでしょうか。
「……ああ」
ため息をつきつつ、手紙の続きを読みます。
『陛下はあなたいなくなってから、人事に大層苦労なさっています。今まであなたにすべてを被せてきたツケが回ってきているようです』
それを知っても溜飲を下げることなどできなかった。
『そして王宮にはクラリスの推挙した者が多く入るようになりました。王宮騎士団や侍女に増えつつあります。クラリスをあなたの代わりにでもしているかのようです。私や第一王子、第二王子の周りには近付けぬように取り計らっていますが、当の陛下の周りから排除するのは難しく、今や陛下の周りはクラリスの口利きの者で取り囲まれています』
「クラリス様……」
私という存在は失政を招きました。
しかし、クラリス様の目に見た陛下への憎悪は誰がなんと言おうと本物です。
そんなクラリス様の手の者が王宮に入り込んでいる。
私はとても嫌な予感がしましたが、もはや王宮を追放された私に出来ることはありません。
ただ王妃様方の無事を願うだけです。
『あなたの助言があって、私たちは身を守れています。ありがとう、カレン』
「過ぎたお言葉です……」
私は力なく頭を振りました。
『あなたの幸福を祈っています』
王妃様からのお手紙は、その言葉とサインで締められていました。
私は王妃様の手紙を胸にかき抱くと、ベッドに横たわりました。
「…………」
無性にラッセル殿下とお話しがしたくてしょうがなくなりました。
私のすべてをご存知のラッセル殿下。
ラッセル殿下になら南方の戦争のことも打ち明けられる。
しかし、ラッセル殿下はいつも『腹ぺこ亭』に来れるわけでは、ありません。
騎士のお仕事の都合でいらっしゃらない日もたくさんあります。
私は目を閉じ、しばし眠りました。
起きて、部屋の外に出ると、サンドイッチの包みが置かれていました。
もうお昼を大幅に過ぎています。
私はサンドイッチをかっ込み、階下に降りました。
「ああ、カレンちゃん。郵便屋くん来たわよー」
「そうですか……」
「じゃあ、さっそくエリーちゃんとのお見合いセッティングするわね!」
「はい……」
「大丈夫?」
「大丈夫です」
あからさまに嘘をついてしまいました。
「そう……。ああ、日程調整にエリーちゃんとこ……ロッシュ家に行ってくれる?」
「あ、はい」
そう言えばマニュアルにも向こう1ヶ月空いている日を書いてもらうという項目がありました。
色々あって失念していました。
「じゃあ、行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい」
私はもう一度ロッシュ家に向かいました。
「お邪魔しまーす」
「ああ、カレンさん、朝はご迷惑をおかけしました」
「気にしないでくださいな」
私はアルマンさんに勧められるままに席にかけます。
ロッシュ家には家族4人が揃っていらっしゃいました。
お母様、お姉さんのミリーさん、妹さんのエリーさん。
ミリーさんはお母様似、エリーさんはお父様似です。
ミリーさんはほっそりとしていて、やつれていると言っても良いほどでしたが、その手には大切そうに手紙が握られています。
「ええと、手紙の内容とか、お聞きしても?」
「ヴィクトルくんは南方で怪我をしたらしい」
「そんな……」
「命に関わる怪我じゃないが、従軍はもう無理だそうだ。だから、帰ってきて、ウチを継ぎたいと言ってくれている」
「まあ」
「ヴィクトルくんは元々身寄りがなくってねえ……」
そう言ってアルマンさんは鼻をすすりました。
色んな思いがこみ上げているのでしょう。
「ええと、それでですね、エリーさんのご結婚なんですが……」
「さっさと決めるわ。ヴィクトル義兄さんが帰ってくる前に決めなきゃ、義兄さんが気に病んじゃうでしょう」
「なるほど……お時間ある日を教えていただきたいのですが」
「いつでも暇よ」
「分かりました」
となれば郵便屋さんのスケジュールに合わせてエリーさんを呼ぶだけで良いでしょう。
「エリーの相手候補は誰なの?」
お姉さんのミリーさんが初めて口を開きました。
泣き疲れてかすれた声をしていますが、本来はとてもキレイな声をしているのだろうとわかります。
「郵便屋さんです」
「ああ、あの子は良い子だ。いつも注文の手紙を読んでくれる」
アルマンさんは満足げに笑いました。
「それではまた来ますね」
私はロッシュ家からおいとまします。
エリーさんが見送りに出てくれました。
「……あのこと話したらただじゃおかないから」
「はい」
見送りと言うより脅しに来たようですね。
帰り道、私は寄り道をしました。
寄り道先は北の騎士寮です。
「あ、カレンちゃん」
若い門兵さんがにこっと笑ってくれます。
「騎士殿下に用事? 呼んでくる?」
「あ、いえ……」
約束があるわけではありません。
こんなふんわりした私の気持ちでお呼び立てするのは失礼です。
「お散歩してたらここまで来てしまって……」
「そうなんだ? そういえば、カレンちゃんって、『お見合い斡旋所』に勤めてるんだって?」
「あ、はい。『腹ぺこ亭』で……」
「俺も登録しようかなあ、最近、女の子に全然縁がないし……」
「好きな方とかいらっしゃらないのですか?」
「うーん。カレンちゃん!」
嘘です。門兵さんの私へ向ける目はちょっと温かいくらいです。
市民への優しい好意。
とても好きというほどのものではありません。
とはいえそれを即座に指摘してことを荒げるほど無粋な私ではありません。
「あらあら、ありがとうございます」
そう言って微笑むと――。
「ほう」
冷たい声が、私達に降り注ぎました。
目を向けるとラッセル殿下が若い門兵さんをちょっと冷えた目で見てらっしゃいます。
川で冷やした瓜のような冷たさです。あれもおいしいのです。夏になったら食べたいですね。
「ひっ、騎士殿下……! じょ、冗談です!!」
「冗談で女性を口説こうというのは感心しないな……」
「すみません……」
門兵さんをすごすごと退散させてから、ラッセル殿下は私を向かれました。
「やあ、カレン。どうかしたか?」
「あ、いえ、散歩です……」
嘘をついてしまいました。
「……少し外出する」
門兵さんにそう言うとラッセル殿下は騎士寮の外に出てきました。
「カレン、暇か?」
「は、はい」
渡りに船。
私達は一緒に歩き出しました。
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