10 手紙の行方

 後に残された私は、郵便屋さんからお手紙を受け取りました。


 そして私はエリーさんに向き直ります。

 ぼんやりと父親が握り締めるヴィクトルさんからのお手紙を見つめていたエリーさんに。


「あ、じゃあ、自分も失礼します」


 郵便屋さんは空気を読んだのか何なのか、エリーさんをチラリとだけ見ると、さっさと出て行かれました。


「……エリーさん、椅子にどうぞ」


 私の言葉にエリーさんは糸の切れた人形のように椅子に座りこみました。


「……ヴィクトル義兄さん……」


 エリーさんは複雑な顔でそう呟かれました。


「……エリーさん、エリーさんは……ヴィクトルさんのこと、好きなのですね?」


「なっ……」


 エリーさんの顔に焦りが浮かびます。

 エリーさんは私を睨みつけました。


「……だって、手紙を見ている目、とても……とても……」


 熱く燃え上がっていました。

 お手紙に向ける目すら、あんなに燃えているのです。

 差出人へどれほどの思いを向けているのか、想像するにあまりあります。


「……なんで分かっちゃうの、誰にも内緒にしてたのに」


 エリーさんは泣きそうになりながら、そうおっしゃいました。


「ごめんなさい……」


 私の謝罪はエリーさんの気持ちを暴いたものと、ヴィクトルさんを戦地に送ってしまったこと、ふたつにかかっていました。


「そうよ、ヴィクトル義兄さんのこと、私、好きよ。愛しているわ。でも、姉さんと義兄さんは両思いだから、私、身を引いていたの……」


 エリーさんの目に何かが灯ります。

 ほの暗い何かが。


「でも、歩兵だった義兄さんが戦争に行っちゃって……姉さんはずっと義兄さんを待っていて……わ、私、ふと、思っちゃったの、義兄さんが戻ってきたとき……年を取った姉さんより、私を選んでくれるんじゃないかって……」


 私はそれを悪いこととは思えませんでした。

 エリーさんの目に見えた思いがあまりにも大きかったから。


「……でも、あの手紙は、姉さん宛だった」


 エリーさんは自嘲するように片頬を歪めました。


「義兄さんは姉さんを愛してる。姉さんも義兄さんに操を立てている。……私の入り込む隙間なんてなかったわ」


 エリーさんはそう言うと、椅子からフラフラと立ち上がりました。


「お見合いの話、進めておいて。はい、これ手付金」


「あ、はい……」


 エリーさんからお金を受け取ります。


「もう、誰でもいいわ。誰でもいいからさっさと私を結婚させて」


「はい……」


 私は手付金とメモを握り締めました。

 エリーさんはフラフラと『腹ぺこ亭』から出て行かれました。


「カレンちゃん、お客さん誰だった?」


「女将さん……」


 洗濯を終えた女将さんが戻っていらっしゃいました。


「えっと、ロッシュ家のエリーさんです」


「ああ、あの家も大変よね。ミリーちゃんの婚約者のヴィクトルくんが戦争に行っちゃって……」


「はい、そうなんですが……あの、えっと、ある人がお見合い希望者に入ってるか知りたいのですが……」


「あら、誰かしら」


「えっと……郵便屋さんなんですけど」


「あの子なら入ってないわねえ」


「じゃあ、あの、勧誘してきてもいいですか……?」


「ええ、いいわよ。カレンちゃんが、それが正しいと思うなら」


 女将さんはにっこりと笑いました。


「それにしても……カレンちゃんは本当に何というか勘? がいいのね」


「あはは……」


 笑いながら、私は『腹ぺこ亭』の外に出ました。

 郵便屋さんは徒歩です。たぶん追いつけると思います。


 そう、郵便屋さんが一瞬、エリーさんに向けた目は夏の太陽のようにからっと彼女を照らしていました。

 郵便屋さんはエリーさんのことが好きなのです。


 エリーさんは誰でも良いと言いました。彼女は半ば自棄になっているのでしょう。

 でも、彼女を愛している人と結婚した方が絶対に幸せになれる確率は上がると思うのです。


 私はそう信じて、郵便屋さんを探します。




「あら、カレンちゃん」


「あ、シンシアさん! 郵便屋さん来ませんでしたか?」


 闇雲に街を歩いているとシンシアさんのお肉屋さんにたどり着いていました。

 ちなみにシンシアさんとダニーさんの結婚式は来月です。市井の結婚式に出るのは初めてなので楽しみです。


「来てないわねえ」


「そうですか……あ、あの、ロッシュ家の革職人さんのお家ってどこにあるか分かります?」


「ああ、それなら……」


 シンシアさんは丁寧に道を教えてくれました。


「ありがとうございます!」


 私は走り出しました。




 ロッシュ家のお外に、エリーさんはいました。

 家の前にある椅子に座ってボンヤリされています。

 そして彼女を家の間から見つめている怪しい影がひとつ。


「あの、郵便屋さん……」


「うわっ!?」


 怪しい影こと郵便屋さんはのけぞりました。


「ど、どうしました? あれ、僕、手紙間違えてました?」


「いえ、あの……郵便屋さん、うちの『お見合い斡旋所』に登録されませんか?」


「え?」


「エリーさんが登録されています。ずいぶんと結婚を急がれているようです」


「エリーが……」


 郵便屋さんはエリーさんをチラリと見ました。やはり夏の太陽のような熱さが彼女を見つめています。


「急ぎません。お待ちしています」


「うん……」


 郵便屋さんは特に驚いた様子などはありませんでした。

 まあ、エリーさんをこうして盗み見しているところを見られたのです。

 それだけでもう色々バレたと思っても、おかしくないでしょう。


 私にできることはそれだけです。郵便屋さんと別れて、『腹ぺこ亭』に戻る最中、私は手紙の存在を思い出しました。


「えーっと……」


 ポケットから取り出した手紙の差出人の欄には王妃様のファーストネームだけが刻まれていました。

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