ロッシュ家

09 お見合い〈姉妹〉

 おはようございます。

 元聖女カレンです。


 今、私は『お見合い斡旋所』の受付に座っています。

 今日は特に予定が入っているわけではありません。

 ただ、来るかもしれないお客さんを待って、座っているだけです。

 それでもお給金が出ます。女将さんは太っ腹です。


 そうしていると、カランカランとベルの音がして、男の方が入ってきました。

 茶色い髪に白髪が交じっています。

 お年は50歳くらいでしょうか。

 さすがにこの方自身がお見合い希望者ではないと思います、たぶん。


「あの、『お見合い斡旋所』はここであってますか?」


「は、はい。私、『お見合い斡旋所』の受付です!」


「そうですか……あの、娘のお見合い相手を探しに来たのですが……」


「そうなのですね。どうぞおかけください」


 私は女将さんと一緒に作ったマニュアルを引っ張り出します。


 女将さんは簡単な文字なら読めますが書くことは一切できないので、女将さんが口で言った言葉を私がメモしたものです。


 識字率。それはここ十数年の間で改善されています。

 王妃様が慈善事業のかたわら、市井の人々の識字率の低さに気付き、それを改善するための施策を進言したからです。


 王妃様は下級貴族の出身で、聖女になったのをきっかけに慈善事業に関わり、市井の人たちと混ざり合うようになりました。

 市民の方々の抱える問題について多くを陛下に陳情している内に二人は結婚されたそうです。


 王妃様の尽力の結果、市井の人々は若い人ほど文字の読み書きができるようになりつつあります。

 一方で40代の女将さんと同じかそれ以上の年代の方々は字の読み書きがほとんどできません。


「それでは、まずはあなたのお名前をお伺いしても?」


 マニュアルに従って私は男の方に問いかけます。


「アルマン・ロッシュです」


「アルマンさん。娘さんの年齢、嫁がせたいのかお婿さんがほしいのか、などお聞かせください」


「はい、娘は今年25になります」


 25歳。ちょっとお嫁に行くのには遅いくらいかもしれません。

 いやまあ、18歳で無職になった私がとやかく言うことではないですが……。


 この国では15歳くらいで就職をし、20歳くらいで結婚をするのが普通です。

 18歳で無職になったり、25歳で独身だったりするのは珍しいのです。

 ううむ、改めて自分のことを真面目に考えるとへこみますね……。


「嫁がせたいと思っています。うちはしがない革職人なのですが、継がせるつもりはないので……」


「なるほど……ロッシュ家の家族構成は?」


「私と妻、娘がふたりです」


 ふむ、娘さんがお二人も。

 25歳のお嬢さんがお嫁に行かず、この口ぶりではもう一人もロッシュ家にいるのでしょう。

 これはなかなかに焦ってるのかもしれません。


「……娘さんしかいないのに嫁がせるつもりということは革職人は廃業してしまうおつもりですか?」


「はい……」


 お見合いで大事なのはご本人の情報もですが、ご実家の職業も大事だったりするそうです。

 特に跡取りになるかもしれない方の結婚は今後のお家、ひいては街にも影響するのです。


 私はとりあえずメモをしていきます。

 女将さんは文字が書けないので、こういう情報は全部頭に入れているそうです。すごい記憶力です。


「では、お相手の男性の希望をお願いします」


「職についていて、暴力を振るわなければ、どのような方でも」


「ふむ」


 これ以上は洗濯中の女将さんを呼ぶべきでしょうね。

 女将さんの頭にはお見合い希望者のリストが入っています。

 アルマンさんの娘さんにふさわしい男性を見繕ってもらわなければ。


「では、少々お待ちくださ……」


「お父さん!」


 大声とともに『腹ぺこ亭』の扉がバーンと開きました。

 ドアベルがガランガランと激しく鳴ります。

 アルマンさんと同じ髪質をした女性がそこに立っていました。

 二人いるという娘さんのどちらかでしょう。


「え、エリー……」


「何してるの!?」


「な、何って……お、お前の結婚相手を探してもらおうと……」


 こちらが25歳のお嬢さん、エリーさんのようです。


「私、姉さんが結婚するまでは結婚する気ないって言っているでしょう!?」


 おっと?

 エリーさんは『姉さん』と言いました。


 娘が二人と聞いて、私はてっきり25歳のお嬢さんの方がお姉さんだと思っていたのですが、25歳のエリーさんが妹さんのようです。


「でも、でもだね、エリー……ミリーの婚約者は……ほら……」


 何か複雑な事情がある模様。

 私は息と存在感を潜めてお二人を見守ります。


「義兄さんはいつか帰ってくるわ!」


「でも、もう5年になるんだぞ、ヴィクトルくんが戦争に行ってから……」


 5年、戦争。ああ、これは、南方戦争のことでしょう。

 南方にある小国との戦争は5年前から続いております。

 これを警告していた重臣はいましたが、国王陛下を軽んじていると左遷されてしまいました。


 ……そうです、彼こそは私が13歳の時に「この者は陛下を軽んじています」と進言した重臣です。

 彼が警告していた外交問題は、誰も手を付けることなく、戦争にまで発展してしまいました。


「…………」


 ああ、喉が詰まる。

 何も話せない。

 口を開くのが怖い。


「もう、ヴィクトルくんのことは諦めるべきだ……でもミリーにはそんなこと言えないだろう。だから、お前だけでも結婚して……幸せに……」


「嫌よ!」


 エリーさんは泣きそうになりながら、叫びました。


「絶対に嫌!」


「エリー……」


 アルマンさんは困ってしまわれました。


「…………」


 私も困っています。


 実のところ親が勝手に『お見合い斡旋所』に来てしまったら、というのもマニュアルにはありましたし、仲裁の言葉も書いてあります。

 でも、言葉が出てこないのです。

 どうしても、何も言えないのです。

 しかし、そういうわけにもいきません。


「……あ、あの、えっと、その……」


 しどろもどろになりながら、私は口を開きました。


「部外者は黙っていて!」


 エリーさんはすごい剣幕で私を怒鳴りつけました。


「はい……」


 私はエリーさんの剣幕に負けました。無力な元聖女です。


「とにかく、私、結婚なんてしないから!」


「エリー……」


「郵便でーす」


 ロッシュ家のお二人が修羅場を繰り広げているこの『腹ぺこ亭』に、そんな空気の読めない声が飛んできました。


「カレンさんにお手紙です……あ、ロッシュさん!」


 私に手紙?

 意外なことに私が戸惑う暇もなく、郵便屋さんはアルマンさんに駆け寄りました。


「ミリーさんにお手紙来てますよ! 戦地からですよ! ヴィクトルさんからです!」


 郵便屋さんが取り出した手紙に、アルマンさんは崩れ落ちました。


「ヴィクトルくん……!」


 手紙を抱き締めて、泣きそうになりながら、アルマンさんは私を見ました。


「カレンさん、本当に? この手紙、本当にヴィクトルくんからミリー宛でしょうか? 私は文字が読めないのです」


 私は手紙を見せてもらいます。宛名にはミリー・ロッシュ様と丁寧に書かれています。差出人の方はヴィクトルと癖のある字で走り書き。

 そして軍の検閲ハンコまで押されています。戦地から来たもので間違いないでしょう。


「は、はい。手紙にはそう書いてあります」


「すみません、ミリーに、娘に、ヴィクトルくんの婚約者に、この手紙を届けてきます! 話はまた今度で……」


「あ、はい、もちろんです。どうぞどうぞ」


 アルマンさんは走り去っていきました。

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