06 確執

「シンシアよ、ご存知の通り、肉屋の娘」


「ダニーだ。知っての通り包丁屋の一人息子だ」


 お肉屋さんと包丁屋さん。どちらも『腹ぺこ亭』さんとお付き合いのありそうなお仕事ですね。

 女将さんが今回の斡旋をされているのは、その関係なのかもしれません。


「しかし今更、自己紹介なんて、ねえ」


 シンシアさんは困ったように笑いました。


「そうだなあ」


 ダニーさんも同意されます。


 お肉屋さんと包丁屋さんもお付き合いはありそうなお仕事ですものね。

 お互い好意もありますし元からお知り合いなのでしょう。


「あら、それじゃあ、この子に自己紹介するってのはどう?」


 女将さんが私の方を指さしました。


「へっ!?」


 突然のご指名に変な声が出てしまいました。恥ずかしい……。


「なるほどね」


 シンシアさんが頷かれます。

 シンシアさんが私をまっすぐ見つめます。


「初めまして、えーっと、カレンさん、だっけ? シンシアです。肉屋の娘です。うちは兄が継ぐので、さっさとどこかに嫁いでくれと言われて育ちました。得意料理はミートパイ」


「ミートパイ! 美味しいですよね!」


 王宮で食べたことがあります!


「それが得意だなんて素敵です! 素敵な方ですね! シンシアさんは!」


「……く、食い意地が張ってる子ねえ」


 シンシアさんにはちょっと引かれてしまいました。

 でも、その目は別に冷たくはありません。苦笑、という感じです。


 ちらりとダニーさんの方を見るとダニーさんはダニーさんで私の方を温かさを感じる目で見ています。

 昔、王宮の食堂で、王妃様に付き添われ、食事をかっこむ私を見つめていたシェフみたいな目です。


 ……うーん、昔の楽しかったことを思い出してしまいました。今とのギャップにちょっとへこみますね。


「じゃあ、ダニーさん、自己紹介をどうぞ」


 女将さんがダニーさんを促した。


「包丁屋の後継ぎ息子のダニーです。趣味は包丁を研ぐことです。好きな包丁は牛刀包丁」


「ぎゅーとー包丁」


「鋭くて肉も野菜も切れる包丁ですね」


「便利ですね!」


「いやあ」


 ダニーさんはヘラっと笑いました。


「カレンちゃんから二人に質問とかあるかしら?」


「えーっと……」


 急にそう言われると困ってしまいますね。


「……お二人は結婚したらどのような家庭を築かれたいですか?」


「あら」


 ぽっとシンシアさんの頬が染まります。

 可愛らしいです。


「どのようなって……まあ、毎日でもミートパイを作ってあげたい……かしら」


「シンシアが幸せになれるような家庭にしたいな……死んだ母さんが幸せそうだったように」


 ダニーさんは真っ直ぐなお顔でそう言いました。

 素敵ですねえ。


「ふん」


 しかし、それに水を差すような鼻を鳴らす音がしました。

 シンシアさんの隣のお母様でした。


「お母さん?」


 シンシアさんが困ったような顔でお母様を振り向きます。


「どうかした?」


「何が幸せな家庭……」


 その声にはとげとげしいものが含まれています。


 そして、そんなお母様を、ダニーさんが困ったような顔で見ます。その目はシンシアさんに向けるほど熱くはありませんが、私に向けたような温かい目です。

 そして、ダニーさんのお父様もシンシアさんのお母様を見つめました。


「……レティシア」


 低い声がダニーさんのお父様から発せられます。

 ダニーさんのお父様はダニーさんが年を取ったらこうなるだろうという見た目なのですが、その声はかなり渋いです。


 シンシアさんのお母様はレティシアさんというらしいです。


「女将さん、シンシア、やっぱりやめましょう。こんな男と結婚したって幸せになれやしないわ」


「急に何言い出すのよ、母さん!」


 シンシアさんが勢いよく立ち上がります。


「シンシア!」


 答えるレティシアさんのシンシアさんに向ける視線はとても温かなものでした。

 心の底から娘の幸せを祈っている、それがレティシアさんのようです。

 ただ顔がとても厳しいので、多分シンシアさんにその愛情は伝わってないと思います。


「ダニーはやめておきなさい。こんな……こんな父親そっくりの男!」


 レティシアさんがダニーさんのお父様を見つめました。

 ああ、レティシアさんとダニーさんのお父様がお互いを見つめる視線が分かってしまいました。

 それは同じ視線をしています。


 そこにあるのはほのかな焔のような温度です。吹けば消えるような、それでも確かな熱さがそこにはある。そういう視線。

 ……これは……。


「レティシアさんとダニーさんのお父様は恋人だったのですか?」


 思わず私は口を挟んでいました。


「え……?」


 シンシアさんが振り向きます。

 その顔は困惑していますが、私への感情はありません。

 何を言っているのだという目です。


 一方、シンシアさんの向こう側にいるレティシアさんは青ざめた顔をして私を睨みつけました。

 冬の路地裏のような視線が私をえぐります。


「……何故、そのことを、それはあなたが生まれるより前のこと……、まさか女将さん!」


「私は何も話しちゃいないよ、レティシア」


 女将さんは落ち着いた声でそう言いました。

 背中ばかりがこちらを向いていて、その視線はやっぱり見えないので、私には女将さんの気持ちが分かりません。


「……カレンちゃんにはそう見えたってだけさ」


「どういうことなの、母さん、ダニーの父さんと恋人だったって……」


「昔の話だ」


 ダニーさんのお父様が口を挟みました。


 ダニーさんはと言えば、オロオロと場を見回しています。

 ダニーさんの他の3人へ向ける目はどれも温かいものです。

 シンシアさんには淹れたてのお茶のように熱く、お父様には春の陽射しのようで、そしてレティシアさんには私に向けたのと同じほのかな温かみ。

 形は違えど、ダニーさんはこの場の3人を愛してらっしゃいます。


「昔の話でも……母さんは昔の話をここに持ち込んでるわ!」


 シンシアさんは怒りをあらわにそうおっしゃいました。


「……母さん達に何があったか知らないけど、私はダニーの事好きよ!」


 その言葉にダニーさんがシンシアさんを見つめる目が熱く燃え上がります。

 直視できないくらい熱いです。私は思わず視線をそらしました。


「母さん達の都合で私の邪魔をしないで!」


「お、お、お、俺も! 俺も……シンシアが好き、です!」


 ダニーさんが勢いよく立ち上がりました。


「お義母さん! シンシアと結婚させてください! 必ず幸せにします!」


「ああ、本当に父親そっくり」


 レティシアさんの声はとてもとげとげしいです。

 レティシアさんがダニーさんを見つめる目には吹雪のような冷たさが荒れ狂っています。


「……あなたの父親もそう言っておいて、それで、私と破談した!」


 恨みつらみをにじませながら、レティシアさんは、そう叫びました。

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