シンシアとダニー

05 お見合い〈シンシアとダニー〉

「おはようございます!」


 朝です。聖女の朝は早いのです。

 朝から王妃様の導きの元、お祈りをするのが日課でした。

 ですが、もう私は聖女ではありません。


 それでもいつもの習慣で早起きをしてしまいました。

 私室としていただいた『腹ぺこ亭』の屋根裏部屋を見渡します。

 天井が少しばかり低いのが気になるくらいでここは意外に広いです。

 ベッドはふかふかでした。昔使っていたものらしく二つもあります。


 階下に降りれば、すでに女将さんと旦那さんは忙しそうに仕込みをしてらっしゃいました。


「おはよう、カレンちゃん。朝ご飯持っていくから、カウンターで待ってて」


「はい……あ、あの、私、何かお手伝いできること……」


「カレンちゃんはあくまで『お見合い斡旋所』の助手として雇ったから、大丈夫よ。それに料理したことないんでしょう?」


「は、はい。お恥ずかしい……」


 思わず私はうつむきます。


 王宮では料理は聖女の仕事ではありませんでした。

 慈善事業で炊き出しをすることはあっても、私がやったのは作ってあるのを器によそうくらいです。


「もちろん、将来的なことを考えれば、料理も覚えるに越したことはないけど、まずはウチに慣れるとこからね!」


「はい……」


 女将さんは優しい方です。

 氏素性うじすじょうの知れない怪しい女をラッセル殿下の紹介とは言え、受け入れてくださるなんて、なんて心の広い方なのでしょう。


 ちなみに旦那さんは終始無言でした。どうやら旦那さんはあまりお喋りが好きな方ではないようです。

 ただ、その目が私に向く度に見えるその視線は女将さんと同様に温かいので、無言でもあまり気になりません。

 私でなければそういうことも分からなかったでしょうが……。


「今日は夕方に、さっそく前々から進めてたお見合いがあるから、それまで部屋で休んでいていいからね。昨日も疲れていたのか、帰ってきたらすぐ寝ちゃってたものね」


「お恥ずかしい……」


 昨夜、ラッセル殿下と別れて、『腹ぺこ亭』に帰ると夕飯をいただきました。

 そして女将さんが用意してくれてた屋根裏部屋のベッドに倒れ込んで、私は即寝ていました。

 体の疲れと言うよりは、精神の疲れが来ていたのでしょう。

 ここ最近は王宮にいて心安まるときがほとんどありませんでしたから。


 用意されていた朝食は麦のおかゆでした。

 ハチミツをたっぷりかけます。

 おいしかったです。


 お昼用のサンドイッチを包んでもらって、私は部屋に引っ込みました。


「…………」


 ……ああ、何もすることがありませんね。


 王宮にいた頃は陛下の謁見がある度に、呼び出されていたので、聖女としてのおつとめが疎かになるくらい、忙しかったのですが……。


 何か趣味でも見つけるのがいいかもしれません。

 お金のかからない趣味が良いですね。


「……とりあえず聖句でも口ずさみますか」


 聖女にとって聖句を口ずさむのは普通の方が流行歌を唄うようなものです。


「――すべてを天の神に捧げます。我が衷心ちゅうしんは地上にきざし、すべての民に愛をもって接し……」


 スラスラと私の口から出てくる聖句。

 私は暇つぶしにそれを並べ続けた。




 さて夕方が来ました。

 お昼営業と夜営業の合間の時間です。


 下に降りれば、女将さんがちょっと小綺麗な格好をしてました。

 私は自分の格好を見ます。

 昨日買った服そのまんまです。


「女将さん、私、この格好のままでよろしいのでしょうか」


「大丈夫よ! それよりカレンちゃんは美人さんだから、これ被って!」


 女将さんはそう言うと私にヴェールを被せました。


「び、美人!?」


 戸惑う暇もなく顔を隠す薄手のヴェールが被せられました。

 前は見えますが違和感がすさまじいです。


「あのお……」


「今日はとりあえず見学ね。私の手腕、見ていてちょうだい」


「は、はい……」


 カランカランとベルのと音ともに戸が開き、二組のお客様がいらっしゃいました。


「こんにちは!」


「こ、こんにちはー」


 お客様は若い女性とそのお母様、若い男性とそのお父様でした。


 女性はキリッとした目元が少しきつい印象を受けます。私と似たような「普通の町娘」の格好ですが、今日のために新品を買われたようです。

 男性の方は柔らかい目をしてらっしゃいます。ちょっと頼りない印象を受けるといったら失礼でしょうか。お洋服は小綺麗ですが、まあ普通な感じです。


「いらっしゃいませ、シンシア様、ダニー様」


「お邪魔しますわ、女将さん」


「よろしく、女将さん」


 二組のお客様が女将さんの先導で向かい合わせにテーブルにつかれます。

 シンシアさんが私の方をチラッと見ました。


「そちらは?」


「ウチの新人助手カレンちゃんです。今日は見学です。邪魔なら下げますが……いかがなさいますか?」


「私は構わないわ。ダニーは?」


 シンシアさんが私に向ける目はおっしゃる通り、普通の温度です。


「俺も大丈夫」


 ダニーさんもこくりと頷かれました。


「それでは」


 女将さんもテーブルの短辺について、私は女将さんの後方に控えます。

 お見合いの始まりです。


「それではまずはお互い自己紹介から」


 女将さんはニコニコ笑いながら、そうおっしゃいます。


 私は四人の視線をうかがいます。


 シンシアさんがダニーさんに向ける視線には温かいものがあります。すでに好意があるようです。


 ダニーさんがシンシアさんに向ける視線は温かいを通り越して少し熱いくらいです。ずいぶんとお好きなのですね。


 こうして見るとこのお見合い、何か致命的なことでも起らない限りはうまくいきそうです。


 ただ、問題は二人の親御さんです。


 シンシアさんのお母様がダニーさんを見る目は、極限まで冷え込んでいました。

 何があったというのでしょう。ダニーさんはシンシアさんのお母様にずいぶんと嫌われています。


 結婚というものが、当事者お二人の意思があれば成立するような、甘いものではないことくらいは、私も知っています。

 家の思惑なども絡み合うもののはずです。


 シンシアさんのお母様にダニーさんが嫌われているのなら、このお見合いは上手くいくとは思えません。


 そしてダニーさんのお父様に至っては、一切シンシアさんを見ようとしていないのです。温度が見定められません。

 うーん、なんとも不穏です。


 チラリと女将さんを見ますが、何せ後ろ姿なので、何を考えているのかさっぱり分かりません。


 私がひとり不安を抱えた状態でお見合いは始まりました。

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