第13話

「いや、スグルん先輩も同レベルっすからね?」

「え?」


 ドン引かれた。


「いやいや、『どこが?』って顔しないでもらっていいっすか?」

「………すまん、ちょっとよくわからない―――というか、エロゲーを教室でやるような奴に引かれる要素ねえだろ」

「それはそれ、これはこれ」


 こいつ、自分のことを棚に上げやがった。


「スグルん先輩って、興ヶ原先輩とろくに話したことないっすよね?」

「いや、こうして話してるだろ」

「いえいえ、今はともかく、夏休み前までっすよ」

「夏休み前?」


 つまるところ、それは俺が冤罪を吹っ掛けられかけた時ということだろうか。


「スグルん先輩のさっきの謝罪を聞いて、ピンと来たんすよ。『あ、こいつ、ろくにしゃべったことねえなって』」

「まあ、そりゃそうだが………、仕方ねえだろ? ずっと部活と勉強してたんだから」

「仕方なくなああああい!!」

「うお、びっくりした……急に大声出すなよ。他のお客さんにも迷惑だろ」


 こいつ、さっきの興ヶ原を見て学ばなかったのか。ここ、お店。それ、営業妨害。


「好きなら話したいと思うのが普通っすよ! だから拗れに拗れさせた上、冤罪なんか吹っ掛けられるんす!」

「あれ!? お前さっきは俺に同情的じゃなかった!?」

「いやいや、だって碌に会話もしてなかったなんて、聞いてないっす! 話を聞いた時、私はてっきり、少なくとも興ヶ原先輩と友達かそれに近い関係くらいには成れてるんだろうなって思ってたんすよ?」


 三碓は「それが蓋を開けてみれば………」と、大きく溜息を吐いた。

 こいつの言う通り、ろくに話さなかった俺も悪い。悪いが、今言うことか、それ?

 もしかして、話さないことについて引かれたのか?


「スグルん先輩、さっき言ってたじゃないっすか。興ヶ原さんが好きだって結構おおっぴらにしてたから、冤罪をかけやすかったんだろうって――――私は知らなかったっすけど」

「ん? ああ、まあそうだな」


 確かに、そんなことは言った。ついさっきだし、よく覚えている。


「ろくに話したこともない人間から異常に好意を寄せられてるのって、興ヶ原先輩からしてみれば、恐怖でしかないと思うっすよ?」

「―――――――――」


 絶句っていうのはこんな感じなのかと、自分のことながら、どこか頭の冷静な部分で少し感動だろうか。

 興ヶ原を、怖がらせていた?


「えっと………、そう、なのか?」


 俺は縋るように興ヶ原へと尋ねた。


「え、ええ。九ノ瀬君みたいに好意を寄せてくる男子は、何人かいたの。でも、その、言いにくいのだけれど、九ノ瀬君は、その、他の人とは違っていたから」

「……………」

「貴方が『おくがはらに釣り合う男になるため』みたいなことを言って、色々な部活を転々としていというのは、女バスの友人から聞いて知っていたの――――正直、その時は非常識すぎて、怖かった」


 ………。

 ……………。

 ……………………………。


「ストーカーだと決めつけて、冤罪をかけそうになったことについては、私も興ヶ原先輩が悪いと思うっす――――人の人生を壊しかけて、謝ってこなかったんすから。でも、スグルん先輩は興ヶ原先輩を怖がらせていたっていう自覚は持った方がいいっす」

「はい……………」


 興ヶ原を妄信するようなこともなくなって、冷静に考えてみれば、頭おかしいわ………。

 なんだよ、釣り合う男になるためって。

 自分に酔いすぎだろ。

 死にてえ。

 黒歴史じゃん。

 死にてえ……………。


「……………結局、俺も自分のことしか考えてないってことだな」

「そうっすね――まあ、悪いところばかりじゃないっすから。気を落とさない方がいいっすよ」


 肩を落とす俺を慰めるように、頭をぽんぽんと叩いてくる三碓。

 やめて、今はそんなんでも効くから……。


「……おう」


 たった二文字で取り繕うのが精いっぱい。自分でもわかるくらいに震えていた。

 取り繕えてるのか、これ?


「というか、興ヶ原先輩も、どうしてネットで知り合っただけの男の人が好きなんてことになるんすか?」


 俺が落ち着いたのを見てか、三碓が問いかけた。

 興ヶ原は突拍子もなく、


「私、中学ではモデルをやっていたのよ」

「モデル?」


 それは聞いたことがなかった。

 興ヶ原を見たのは高校が初めてで、中学の頃は全くと言っていいほど知らない。

 ………こうして考えると、ほんとこいつのこと何も知らないな。


「ええ。そのこともあって、中学では男子から言い寄られることも多くて……、外見しか見られていないことに、疲れてしまったのよ」

「………あ、何か分かったっす。ネトゲで顔も分からない状況で、親切にされてコロっと落ちたんすね?」

「……………」

「『なんでわかったの』って顔に書いてあるっすけど……、その切り出し方ならだれでもわかるっす」

「まあ、な」


 悲劇のヒロインぶって―――――俺も人のことは言えないから、やっぱりノーコメントとしておく。


「………端的に言うと、その通りよ。付け加えると―――今でもコロっといってしまっているままなのだけれどね」

「………親切にされて好意を持つこと自体はわかるんすよ。その気持ちは否定しないっす。でも、外見も含めてのなんぼっすよ。人間、中身が大事というっすけど、バイトの面接なんて見た目がダメなら即落とされるっすからね?」

「世知辛い……」

「そんなもんすよ、スグルん先輩」

「確かにそうかもしれないけど―――」


 中身だって大事だろ、と続けようとして、俺は言い淀んだ。

 俺にそんなこと言う資格はないだろう。興ヶ原鈴香と言う少女を、外見だけで判断した、俺に。


「もう大丈夫っすかね」


 三碓は俺を一瞥してそう呟くと、席から立ち上がる。


「三碓?」

「私が言いたいことは、言ったっす。後は二人で話し合うといいっすよ」


 ――――水入らずでね。


「あ、おい」


 俺の静止も空しく、三碓はそう言い残して、そのまま喫茶店を出て行ってしまった。









◆ ◇ ◆






 三碓が去って行って、5分ほど。

 俺達がいるテーブルは、沈黙が居座っていた。


「……………」

「……………」


 き、気まずい。

 流石に好きと言われた相手と二人きりっていうのは、ハードルが高すぎた。

 それも、相手は俺が好きだった相手だ。緊張するなと言うのは無理がある――――それが例え、ちょっとした吐き気が添えられていても。


「………九ノ瀬君」


 先に沈黙を破ったのは、興ヶ原だった。


「『フリーダム』として嘘をついていたことは謝るし、冤罪をかけてしまったことも、今まで謝ってこなかったことも、何もかも―――どう償っていいかもわからないけれど、この清算は必ずつけることを約束する」

「………まあ、それはしてもらえると、ありがたいが」

「当然よ。これ以上、貴方に甘えて、ぬるま湯に浸かるつもりはないの―――――でも、これだけは改めて言わせてほしい」


 ―――――――私は、貴方が好きよ


 興ヶ原は堂々凛々と胸を張り、言い切った。


「……………」


 その胸中まではわからないけれど、そこに後ろめたさはなにもないのだけは分かる―――ただ好きだと言う純粋な想いが込められた言葉だったと、断言できるくらいには。


 きっと、俺がどう答えるかもわかったうえで、それを口にしているのだろう。

 わかっていて、興ヶ原は止まらなかった。

 わかっていて、自ら踏み込んだ。


 興ヶ原鈴香という少女が、どんな人間なのか。俺は初めて、その片鱗を正面から見た気がした―――ようやくだった。


 そこにいたのは、一年前、俺が一目惚れをした興ヶ原ではなかった。

 理想の押し付けでもなく、憧憬でもない。

 小説家でも、モデルでもない。

 悩み、恐れ、傷つき、妬み、俺を好いてくれている、一人の少女だった。


 口では憧れを押し付けていたとか言いながら、結局のところ、この三か月、興ヶ原を見てこなかった。

 もしかしたら、憧れを押し付けていたのは、夏以前から気づいていたのかもしれない―――それが壊れるのが嫌で、俺は努力という自己陶酔に夢中になって、興ヶ原と話そうとすらしなかったのだろう。

 けれど、こうして話して、今は興ヶ原を正しく見ることができている。

 見たうえで、自分の気持ちと正直になるべきなんだ。


 だからこそ、俺もその気持ちを受け止めて―――


「ごめん、その想いには、応えられない」


 ――――なんの付加価値も与えずに、そのままの形で投げ返した。




――――――――――――――


ノートには書きましたが、引っ越しの荷整理で四連休が潰れており、更新が大幅に遅れてます。

夜にちまちまと書いていますが、しばらくこのペースが続くと思います。すみません。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

3ヶ月前に俺を振ったクール系毒舌女子がチラチラと見てくるけど、後輩とゲームやってるからこっちみんな 巫女服をこよなく愛する人 @Nachun

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ