第12話

続きです。

―――――――――――――――――――――――――――


「意味がわからないんだが」


 顔を突き合わせる興ヶ原に、率直な感想を叩きつける。

 呆れだとかそういうのはなくて、単なる疑問。

 なにせ、興ヶ原鈴香は俺をストーカーと断定し、断罪した過去はあれど、それ以上でもそれ以下でもない。

 興ヶ原を好きでのも、俺の勝手な片思いであって、興ヶ原自身と何か接触を持ったわけでもない。

 故に憧れの域を出ず、勝手に失望すると言う羽目にいたったわけなのだが。

 当の本人に好意を持たれるようなことをした覚えも、された覚えもない。

 興ヶ原とまともに会話したのだって、あの件が初めてと言っていいくらいだ。


「モンスターオンラインってあるわよね」

「…………うん? ま、まあ知ってはいるが」


 言い淀んでしまったのは、仕方がないだろう。

 俺がやっているMMORPGだけれど、あまり有名とは言えないゲームだから、興ヶ原の口からその単語がでてくることが、意外でしかなかった。

 それ以前に、不自然極まりない話題の転換。困惑を通り越して何か始まるのかとすら、期待してしまう。

 俺は何か続くのかと、興ヶ原の言葉を待つ。


 興ヶ原は一拍置くと、


「”ユウ君、まあ、古い恋を忘れるのには、新しい恋を始めるのが一番だよ。君の近くに、いい子がいるんじゃないかい? ほら、後輩ちゃんとか”」


 口調を変えて、そんなことをほざいた。


「お前、急に何言って――――――」


 ――――――いや、まて、『ユウ』だと?

 それに、そのセリフはどこかで聞いたような。

 いや、視たような、気がした。


「………………まさか」

「正直、恥ずかしいからあまりいたくはないのだけれど」


 興ヶ原はそう前置きをする。

 まるで悪戯がバレてしまった子供のように、頬を小さく赤らめて。

 それでも、その瞳はやはり観念したような色を見せていた。


「私は、そのゲームで出会った見ず知らずの人に、色々と教わったの」


 その前口上を皮切りに、興ヶ原は畳み掛けるように語り始めた。


「敵の倒し方、スキルの取得方法」

「アイテムの使い方、装備の作り方」

「効率のいい狩りの仕方、レアドロップの扱い方」

「――――本当に、迷惑ばかりをかけていたわ」


 興ヶ原は、自嘲気味に笑う。


「なんたって、初心者丸出しなんだもの。ゲームなんて全くと言っていいほどやってこなかったから、正直、覚えはとても悪かった。いつ見放されても、おかしくなかったのだけれど……、彼は、根気よく私に教えてくれたわ」

「――――――もう、わかったから、やめてくれ」


 お願いだから。


「いつしか、私は彼に恋愛相談を持ち掛けられるくらいには、信用されていたみたい。ゲームの中の私は、26歳の男性で、社会人ということになっていたから、口も軽くなったのかもしれないけれど――――――」

「やめてくれって、いってんだろ!」


 俺は居た堪れなくなって、つい声を張る。

 いつの間にか俺は完全に顔を下に向けて、興ヶ原の顔を見ることすらできなくなっていた。

 もう、わかった。こいつは。


「お前、『フリーダム』さんかよ…………」

「『ああ、そうだよ。驚いたかな?』」


 興ヶ原は先程の妙な口調で、俺の頭頂部に向けて、言った。



 ………。


 …………………。


 ……………………………………。


 ……………………………………………………………………………………………。



 ああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!


 ああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


 あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!!!!!!!!!!









 ―――――――――――――――恥っず!!!!!!



 恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい!!!!!!!!!!!!


 『フリーダム』さんが興ヶ原で、興ヶ原が『フリーダム』さんで?

 つまり、俺は好きな人相手に、恋愛相談をぶちかましていた?


 あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


 無理無理無理無理無理無理無理!!!!!!!!



 ――――フリーダムさん、女の人って、どんな男が好みだと思いますか?

 ――――フリーダムさん、好きな人がいるんですけど………、相談に乗ってくれませんか?

 ――――フリーダムさん、どんな告白をしたら、了承してもらえると思いますか?

 ――――フリーダムさん、

 ――――フリーダムさん、

 ――――フリーダムさん。


 あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!


「先輩、どうしたんすか?」

「…………はっ!」


 三碓に頭上から声をかけられて、我に返る。

 こんなことがありえるか? 悪い冗談だよな? そうだよな?


「……………それ、本当か?」


 俺は興ヶ原を視界の端に入れて、縋る思いで問う。

 頼む、冗談だと言ってくれ。今すぐ、『フリーダム』の中の人は別にいると、その口から真実を話してくれ。


「ええ。正真正銘、私が『フリーダム』よ」

「そ、そうか………………」


 再び俯く俺。


 ああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


「………………なんで頭抱えてるんすか?」

「だって!」


 俺は三碓に向かって顔を勢いよく上げて、


「本人相手に恋愛相談とか黒歴史以外のなにものでもねえだろ! お前考えてみろ? 物腰柔らかいお兄さんに恋愛相談してたはずだったんだぞ? それが、そのお兄さんが本人だと? 俺は気づかずに愛の告白してたってことじゃねえか!」

「よくわからないんすけど………、興ヶ原先輩は、ゲームの中で正体を隠しながら、先輩と接していたってことっすか?」

「隠していたと言うより、私も途中まで気づかなかったのよ。気が付いたのは、夏休みの間だったの――――、失恋したって言われて、『まさか』とは思ったのだけれど、聞いているうちに確信したわ」

「それは、まあ、なんとも………」


 三碓は苦笑いとも呆れともとれる微妙な顔つきで、俺と興ヶ原を交互に見やった。


「でも、それが今の話とどう関係するんすか。まさか、顔も見えないスグルん先輩相手を、いつの間にか好きになっていた、とか言うんじゃないっすよね?」

「そのまさかよ」

「「え」」


 興ヶ原に首だけで振り返った俺と、三碓がハモった。


「いつの間にかゲームの中の『ユウ』を、好きになっていたの」

「は?」

「え?」


 俺と三碓は、タイミングぴったりにお互いを見やる。

 三碓の顔には、マジかよ、と書いてあるようだった。

 多分、俺も同じだったとおもう。


 そして、同時に興ヶ原へと向き直ると。


「「ひくわー」」


 ドン引きした。


「いや、スグルん先輩も同レベルっすからね?」

「え?」


 ドン引かれた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――

シリアスに耐えきれない病、というわけじゃないんですが、キャラの心情と話の展開を考えると入れなきゃいけないシーンだったので、せっかくならとガス抜きを込めてコメディ風にしました。


それから、☆や栞、ハートにコメントなど、諸々ありがとうございます。

特にコメントは恐る恐る嬉々として読ませていただいています。ただ、返信してしまうと意図せずネタバレをしてしまう可能性を考慮して、コメント返信はしておらず、今後もする予定はございません。

心苦しく思いますが、どうかご了承を頂ければと思います。

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