終末

 ネットワーク上で発生したデータ量の爆発。ネットワークに接続していた全ては限界を超えたデータに襲われた。それが齎したのはネットワークに接続している全ての人間の頭部破壊および全ての機器の破損。

 それと同時に朝倉灯は覚醒した。朝倉輝の設定した仮想プロセッサは問題なく起動。神の力により世界が作り替えられ始める。朝倉輝と朝倉永遠の求める世界。彼らの思う幸せは保証される世界。


 世界の崩壊は、真空崩壊という現象と非常によく似ている。一点から崩壊が始まり、それが拡大していく。一つだけ真空崩壊と違うのは、加速度的に膨張していくことでその速度が宇宙の膨張速度を越え、宇宙の全てを飲み込んでしまうことである。この現象から逃れることはできない。


 朝倉灯を中心として始まった世界の崩壊。その5.4掛ける10のマイナス44乗秒ほど経ったとき、そのすぐ付近に発生した強力な力が世界の崩壊を抑え込み始めたのだ。

 佐藤恵吏。神の能力からその全てを託された、いわばこの世界の最後の神である。


 二つの神の力のぶつかり合い。それは莫大なエネルギーを発生させる。周囲には直径が2~3キロメートルに及ぶクレーターが形成された。




 痛み……とも少し違う。突き刺されるような感覚。魂に直接ダメージが入っている感覚なんだろうか。

「……ッ、灯!聞こえる?!」

 二つの神の力の衝突により発生した、眩しすぎる光。視界はまともに機能しない。同時に大気が振るわされることによる巨大な音が発生しているため、聴覚も使い物にならない。そのため、喋ったつもりだが本当に声が出ているのか分からない。

 何も見えないし聞こえないが、灯はそこに居るはずだ。今にも弾き飛ばされそうなほどの斥力がその証明だ。


 何とかして灯を起こさなくてはいけない。この強い斥力を突破しなければならない。

 右腕に集中する。崩壊した空間である、直径2メートルほどの球体の中に無理やり腕を突っ込んだ。

 それと同時に腕に走る激痛。いや、痛みという感覚とは少し違う。しかし、痛みと言うのが一番近い。強く拒否されている状態を感覚として感じているようなものか?今にも腕が千切れそうだ。多分、神の能力からもらった神の力が尽きたら私の体は一瞬で蒸発するか粉々になる。


 しかし、何かに触れることができた。確かに灯が居る。

「灯!手を!」

 返答はない。爆音の中で聞こえるわけがないので当然と言えば当然だ。

 仕方ない。


 私は一気に上半身を球体の中に押し込む。中に入ったのと同時にやってくる酷い痛み。物理的な痛みと違い、この感覚は精神の深くまで突き刺さってくる。押しつぶされそうで、今にも心が折れてしまいそうだ。

 灯を救うため。

 それだけを考えるようにして、目を開いた。

 球体の中は真っ暗だった。光がない。否、そういう概念がない。


 何もない空間に、灯は浮かんでいた。

「えり……ちゃん?」

「灯!私があなたを救う!」

 精一杯手を伸ばす。

 でも、灯は手を差し伸べてくれない。伸ばした手は届かない。

「駄目だよ。……私一人が救われても、駄目なの。」

「私は救われる!あなたが救われることによって私が救われる。……だから!」

 灯が初めて私の方を向いた。でも、すぐに目を逸らしてしまう。

「……もう、ここから出られないみたい。私はこの空間と一体になってる。無理やり引っ張り出されると、二つの世界を跨げない私は消滅する。」

「……そんなの!私がどうにかするから!」

「でも……」

「私はどうだっていい。私は、灯を救う!」

 無理やり灯の手を取り、引っ張り出した。神の力は私の願いに応えてくれたみたいだ。灯は消滅することなくこの世界に戻ってきた。


 核となる灯がいなくなった崩壊空間は一気に萎み、消えてしまった。

 明るい世界に灯を連れ戻すことができた。

 あれ?なんで灯は泣いてるんだ?

「……なんで……」

 そこで自分の手を見て、初めて気づいた。私の体から光が出ていき、灯に吸い込まれていく。

 そうか。「私はどうだっていい。」確かにそう言ったもんな。私から神の力が消えていく。灯がここに戻ってくるための代償、というわけだ。

 神の力が完全になくなったら、私はこの巨大なエネルギーの中に生身で放り出される。私は死ぬ。

「……はは、こういう時って何言ったらいいか分かんないね。」

「…………」

「泣かないでよ。今度こそ、灯が望む世界を作れるんだから。私は一緒に行けないけど、灯が作るんだよ。幸せになれる世界を。」

「…………私、恵吏ちゃんのこと、だいすき……。」

「ありがとう。……私も、大好きだよ。」

 ああ、これで

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