もう止められない

「そんなこと許されるわけがない。」

 その声と同時に銃声が聞こえた。

 少し遅れて右肩に激痛が走る。衝撃と激痛で倒れそうになったところをあかりに支えられる格好だ。

「……なんで…………お父さん!」

 銃声と声の主は、朝倉灯の父親の朝倉あきらだった。在理沙ありさに殴られたせいだろう、頭には包帯が雑に巻かれている。

「何故かって?私はお前がしようとしていたことを先にしてやっただけだ。この宇宙を破壊する、つまりはそれも一緒に殺すということだ。違うか?」

「でも……」

「結局は殺すつもりだったなら、少し先に死んだって変わらないことだろ?」

「…………そんなの……」

 灯は左腕で私を抱えたまま右腕を輝の方に向けた。

「……私を憎んでいるか?」

 輝がそう言った直後だった。灯が倒れた。私は灯の下敷きになってしまった。

「灯?!……一体何が……」

 視界の隅の朝倉輝は悠々とどこかに歩き去っていく。

「……ッ、待って!」

 追いかけようとするが、覆いかぶさっている灯の体が重くて動けない。右肩を撃ち抜かれたせいで右腕は思うように動かず、灯を動かすのもままならない。

 出血多量だろう。意識が朦朧としてきた。私はここで死ぬんだろうか。

 視界が暗転した。


 重い瞼を持ち上げる。まだ死んでない?

「お、起きたか。」

 視界に飛び込んできたのは見たことのある顔だった。忘れるわけがない。アメリア・メアリーハート。横には部下のミリリもいる。もともと必要悪として設定された組織「マスティマ」の一員だったが、作戦の失敗を機に元統括政府大統領エルネスタの直属になった。そういえば、エルネスタの死後の動向は知らない。

「あの幼女から頼まれた最後の仕事だ。もし自分が死ぬとかしたら朝倉輝はお前の排除を最優先事項にするはずだから、朝倉輝がお前を殺すのを止めろってな。」

 寝かされていたベンチから上半身を起こすと、右肩に酷い痛みが走る。

「止血しただけだからな。あまり激しい動きはできないぞ。」

「……灯は?」

「そこで寝かせてる。」

 アメリアの言う通り、灯は近くのベンチで横にされていた。まだ意識は戻っていないらしい。

「今、何時?」

「あー、……12時38分。」

「14時まで。」

「14時がどうしたんだ?」

「完全に想像の域を出ないけど……それまでに灯をなんとかしないと宇宙が破滅するらしい。」

「……全く意味が分からないが。」

「分からなくていい。灯をお願い。私は輝の研究室に行ってくる。」


 とりあえず輝の研究室に着いた。輝はいない。

 灯によって壁が破壊されたままで、酷い有様だ。部屋の隅には瓦礫に押しつぶされている紅音、床には頭部が砕けている霊那と脇に赤黒く固まった血をこびりつかせている在理沙の死体がそれぞれ腐り始めていて、嫌なにおいがする。

 それらをできるだけ直視しないようにして机の上を漁る。よく分からない専門用語まみれであるため、軽く目を通すだけで一苦労だ。

 ようやく書類の山の中に「灯」「神の力」という文字列を見つけた。


 神の力を操る権利は灯の魂にあり、灯の意識を自由に操作することができないと有意な結果は得られないだろう。そこで、灯の意識をダウンさせる方法を探さねばならない。結果得られたのが、灯に強い感情を持たせることで揺らぎを発生させる方法。これで灯の意識を一時的にダウンさせることができる。この状態なら灯を外部入力で操作できる。灯にデータ量が集結したタイミングで起動するように調整した仮想プロセッサにより灯を操作し、計画を実行可能。


 メモ書きのような雑な文章から読み取れたのは以上のような内容だった。

 灯が急に倒れたのは、恐らく輝への憎しみとかの強い感情を利用されたせいだろう。ここから読み取れた限りでは、輝が直接操作することはない。輝を殺すとかしても手っ取り早い解決にはならないみたいだ。

 それなら、どうすればいい?

「読み終わったか?汚いメモ書きだから恥ずかしいが。」

 後ろから声が聞こえた。朝倉輝だ。

「誰かに助けてもらったみたいだな。……安心してくれ、ここで君を殺す必要はない。灯の意識は既に落ちた。」

 輝は邪険に足元の霊那の死体を蹴り飛ばす。

「分かったか?もう君にはこれは止められない。ここで私を殺しても何にもならないし、私をいくら脅しても意味がない。灯を殺すというのも君には不可能なことだろう。非科学な奇跡とかいうのを祈る以外、君は何もできない。」

「……奇跡。」

 私は走る。灯の元に。

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