主人公は大抵最後まで死なない

 突如として、朝倉灯の肉体は物理次元の影響を受けない高次元存在に昇華した。そして、それと同時に朝倉灯の魂が肉体に帰ってきた。想定外が続いたが、あいつの既定路線に戻ってきたということか。

 灯の肉体は魔力場で封じ込めることに成功した。このまま順調にいけば、明日の13時頃には解析が終わる。そうすれば私は神の力を思い通りに扱えるようになるはずだ。

 ようやく彼女の想いを実現できるのだ。永遠とわよ。私は、ようやく……。

「……チッ」

 折角いいところだったというのに、余韻も何もあったもんじゃない。侵入者を知らせるブザーが五月蠅い。

 監視系統を確認するが、特に怪しいものは見えない。ダミー情報を見せておくことで時間を稼ぐ、ありきたりな手だ。忘れもしない8月1日、私はこの手にまんまとやられたんだ。それくらい既に学習している。

 ダミー情報を排除してみると、侵入者はまっすぐに灯の元に向かっているようだ。一本道の通路だ。シャッターを閉じてしまえば閉じ込めることが容易だ。

 ……念のため、見に行ってみるか。




 遠くでシャッターが下りる音がした。ダミーを撒く作戦は成功したようだ。在理沙が提案したものである。

 まず、ダミー情報を二重にして用意する。一つは私たちの姿を見えなくさせる単純なもの。そして、もう一つが正面の入口から侵入してまっすぐ灯の元に向かっている私たちの様子。一つ目のダミー情報を見破られると二つ目のダミー情報が判明する形になっている。一つ目の情報がダミーだとバレても、私たちが裏口から回り道をして侵入したら安全というわけだ。


 あっけないものだった。簡単に灯が囚われている部屋に着いてしまった。

 ガラスのケースの中で、灯の体は重力に逆らって空中に浮かんでいた。何かに吊り下げられているわけでも、支柱があるわけでもない。磁力とか、そんな感じの目に見えない力で支えられているということか。

 ケースの前には操作盤らしきものがあった。幾つも並んでいるスイッチやらダイヤルやらの周りにはなんだかよく分からない単語がたくさん書き込まれていて、それと数字もたくさん。どれが正解なんだ……?

「動くな」

 後ろから声がした。振り返るのと同じくらいのタイミングで紅音が私に抱き着いてきた。

 そこに立っていたのは、銃を構えた朝倉輝。

「神の器は必要なくなった。……意味が分かるか?お前は計画には不要ということだ。」

 遠回しに言わんとしていることはこうだろう。「私はお前を殺せる。」

 私はそれに対抗できる手段がない。銃を持っている相手に対して、私は丸腰な上に交渉のネタもない。終わった。

 あっけないものだった。終わるときは一瞬だ。

 銃弾が放たれる音が聞こえた。




「……間に合った。」

 良かった。間に合った。佐藤恵吏も赤坂紅音も怪我はないみたいだ。

「在理沙さん……?なんで……」

 質問に答えようとするが、声の代わりに口から出たのは鉄臭い吐息とどろどろの血液だった。

 ああ、そうか。相討ちになったのか。銃を構えている輝を見つけた私は咄嗟にその頭部を携帯端末で殴った。そうして輝を無力化することには成功したみたいだが、私自身も輝の銃に撃たれてしまったみたいだ。感覚はないが、触ってみた感じだと左の脇腹が大きく抉れているみたいだ。

 これは死ぬな。

「……ッ、ハァ……操作盤を……。分からないんでしょ?」

 赤坂紅音がすぐに私を負ぶって操作盤の前まで連れて行ってくれた。




「……これで、いいはず。」

 早乙女在理沙が操作を終えると、ガラスケースは開いて宙に浮いていた灯の体は静かに床に降りる。灯はまだ意識がないみたいだが。

 そして、灯が降りてきたのと同時に在理沙の腕がだらりと下がった。彼女の体は冷たくなり始めていた。

 走ってくる足音が聞こえてきた。部屋の中に駆け込んできたのは祇園寺霊那。

「……どういうこと?」

 どう伝えたらいいんだろう。どうするのが一番ましなんだろう。私は分からない。

 霊那は在理沙を抱きしめる。瞳孔を確認したり、呼吸を確認したり、心音を確認したり。丁寧に在理沙の体を確認してから、霊那は言う。

「……在理沙は、役に立った?」

 今にも決壊しそうなくらい脆い声だ。色々なものを堪えたうえで、無理やり作った笑顔を浮かべて言っている。

「……えっと…………」

「助かりました。すっごく。」

 紅音が言った。

「……そう。良かった。」


 思えば、倒れている輝のもとに近づいていくときに怪しんでいれば良かった。霊那が輝の握っていた銃を拾い上げたのに気づいたときにはもう遅かった。強力な破壊力を持つ銃弾がゼロ距離で着弾した霊那の頭部は砕け散って赤とピンクの肉塊になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る