黄泉の国
灯はまだ私の背中で眠っている。
どれくらい歩いたんだろう。太陽が存在しないおかげでその位置から時間を推測することもできない。
めちゃくちゃ歩いた。そしたら、ようやく森から出ることができた。少し開けていて、そこまで広いわけではないが草原みたいになっている。その真ん中を貫くように帯状で草の生えていない場所がある。道みたいだ。
道に出たのはいいが、どちらに進むのが正解なんだろう。というか、正解なんてあるんだろうか、というのが正解なんだろう。右側に伸びている方の道の先を見てみると、自分が出てきたものよりも遥かに濃密な森林の中に差し込んでいる。それに対して左側の道は見える限りでは開けた場所を通っているようだし、遠いからはっきり確認できないが、石畳のようなものが見える気がする。
ちょうど道に出たとき、背中の灯がもぞもぞと動く。
「灯?起きた?」
「……んん……。恵吏ちゃん?」
「おはよう。自分で歩ける?このままがいい?」
「……自分で歩く。」
背中から降りた灯と手を繋ぎ、道を歩いて行く。
気が付くと道は石畳のものに変わっていた。遠くには洋風の石造りの城壁が見える。人間が居るんだろうか。それとも、この世のものではない何かの化け物?
確認しないことには何も分からないし、とりあえず見てみるか。
城壁の入口は立派なものだった。ゲームとかアニメで見たことがあるような石造りのアーチである。その景色の中に欠けているものを挙げるとしたら、往来する人々とそれを監視する門番とか。
灯が手を握る力が強くなる。知らない場所である上に、巨大な城壁の威圧感が怖いとかだろうか。
幸いなことに、城壁の中を賑わせているのは化け物とかではない普通の人間のようだった。
街並みはアニメやゲームで見たことがあるようなものだ。中世風でレンガと木組みの建物が立ち並んでいる。しかし、そこを歩く人々は中世風の服を着ている者もいるが、近現代風の洋服を着ていたり古代ギリシャのような服装だったり、はたまた冬服だったり夏服だったり。あそこを歩いている女性は……コスプレしてるのか?……どうにも統一感がない。
ただ全員に共通している点は、私たちが全く見えていないみたいに見向きもしないということだ。単に無視しているのか、本当に見えていないのか。
街の中を歩いていたら、あるものに気が付いた。
「……あれ?」
見覚えのある人物を見つけた。黒髪の青年である。天皇の末裔の
柱の陰に隠れてから少し考えて思った。
おかしい。
苑仁は死んだはずだ。聡兎は詳しいことを話してくれなかったが、確かにそう聞いた。苑仁は生きて目の前にいるはずがない人間なのだ。
思い切って苑仁に近づいてみる。もしかしたら、とか期待したが、彼も私たちには気づいていないみたいだった。
「この人、誰?」
灯に聞かれた。
そういえば、今更気づいたが灯に疑問を持たれるというのは異常なことだ。彼女はネットワークのあらゆる情報にアクセスできる立場にある。全人類およびネットワークに接続された全てのコンピュータの情報を読み取ることができる。それゆえ、彼女は目の前の人間が何を考えているか、何を思っているのかを読み取ることが可能だ。そんな彼女が疑問を投げかけてくる、即ち、彼女は私の思考を読み取れない状態にあるということだ。ネットワークの信号は地球上および地表から100キロメートル離れた上空まで接続可能と言われている。
既に察していたことだが、ここが地球上でないことの確定的な証拠だ。
「この人は……人違いだったみたい。」
死んだ人だ、と言っても灯が混乱して怖がってしまうだけだろう。ここが死後の世界かもしれない、ということはまだ灯には隠しておこう。
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