深層へ
神の器の開発は進まなかった。筋道はだいたい分かっていたが、単純に時間がかかった。私は神の器の研究開発を完全に「機関」に委託し、別の研究に集中することにした。それが、世界の深層への介入。
このままではどう足掻いても私が生きているうちに神の器は完成させられない。しかし、神の器の完成が私の死後になってしまっては、神の完成が私の死後になってしまうのでは、それでは意味がない。私の理想を叶えたいために神を開発していたのが私の手を離れてしまうのでは意味がない。だから私は考えた。それが、世界を観る存在になることである。
世界の深層、物理次元の時間の流れの影響を受けない程度の深層に移動する。そこで私は世界を観測しつつ神の完成を待つ。そして完成した神を利用し、理想の世界をつくる。
西暦3311年だった。私は世界の深層に入り込む方法を開発した。朝倉麗理華の残した文献には世界の深層に入る方法が記されていなかった。大量の文献を探してみても、「人の身で深層に向かうと人でなくなってしまう可能性が高い。危険だ。」というものしか見つけることができなかった。知るものか、と私はその文言を一蹴した。
西暦3312年7月21日午前5時17分、私は深層に行く装置を起動。猛烈な負荷で嘔吐しつつも、私は世界の深層を覗く実験に成功した。
奇妙な空間だった。重力が存在しないために上も下も分からない。上下という概念がない空間というのが正しいか。そして、明るさという概念で表すことのできない何かで照らされている。照らされているが、明るいという概念ではないのだ。明るくはないが、暗いわけでもない。抽象性を限界まで高めた概念を具現化したもの……というのも違うが、一番近い表現だと思う。
その空間でただ一つだけ存在していた具象的存在。白髪の少女の姿の存在。
「あの……あなたは……?」
その存在はしばらく私をじっと見つめ、それからようやく口を開いた。
「私は、あなたや朝倉麗理華が呼ぶところの『神の能力』です。」
「……でも、あの装置じゃ最深層に居るはずのあなたに会えるわけがない。」
「確かに、あの装置のみではここに到達することは不可能です。せいぜい時間を超越する程度です。あなたがここに来れたのは別の要因……願いの力、です。あなたはこの世界を変えたいと願い続けていた。その願いの力が装置に協力し、ここにやってくることができたんでしょう。」
「……なる……ほど。」
「私はその願いを直接叶えることはできません。ですが、あなたがそれを叶える手伝いをすることはできます。」
「……えっと……どういう……」
「あなたはここに来ることができた貴重な存在です。この世界ではまだ二人しかいません。前回ここに来た方も強い願いの力で次元の壁を越えた方でした。私は彼女の願いが叶うように力を使いました。だから、不公平のないようにあなたにも一回だけ力を使ってあげようと、そういうことです。」
もとの研究室で目を覚ました時、私は酷い頭痛がした。装置を起動したときの吐瀉物の様子を見るに、体感ほど時間はたっていないようだった。
私は立ち上がり、実験結果を記すために震える手でコンピュータを起動した。その時、オープニング画面のニュースを見た。チリで地震が起きた、というものだった。なんだ、そんなこと。そう思って私はすぐその画面を閉じたのだが、直後になって違和感に気づく。
その事実を認識するために私は呟いた。
「私、この地震が起きることを、知っていた……?」
この地震だけではない。私は、この先の歴史を覚えていることに気づく。その記憶を一通り”思い出し”てその事実に気づいたあと、私は鼻血を出して倒れてしまった。
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