世界を統一する

 西暦3304年1月18日、戦争の責任を取って辞任した総理大臣に代わって赤坂美華咲が新たな総理大臣となった。私が最初に神の創造のことを彼女に話したのはこの時である。

 彼女の最初の反応は疑いの目。夜、ベッドに入るところだった彼女の前で一時間ほど演説した。結果、私は押し勝った。私は彼女に約束を取り付けることができた。まず、全く新しい仕組みで世界を統一管理できるネットワークを整備すること。ネットワークを管理するために世界を統一する形の巨大な政府をつくること。そんなことできるわけないでしょ、と言われたが、私は無理やり押し通した。

「美華咲ならできるって私は信じてるんだ!美華咲にしか頼めないんだ!」

「そもそも何言ってるのか分からないし、そんなの無理だって!瑞姫みずきは頭が良いんだから分かるでしょ?無茶なことだって。」

「これしか方法がないんだ!この世界を変えるには。」

 もしかしたら私は泣いていたかもしれない。彼女は困惑した顔で私を見ていた。だが、いつも私を慰めるときのように抱きしめた後キスをしてから言ってくれた。

「先に言っておくけど、やれるだけやってみるだけでできるかどうかは分からないよ。」

 その答えを聞いて私は泣いてしまった。


 西暦3306年夏、美華咲が国連総会で提唱する形で地球統括政府および新形態で世界を統治するためのネットワークを推進することが決定された。また、それとほぼ同時期に第五次大戦の平和条約と統一後の世界の詳細を定める条約を兼ねる南極条約が締結された。そして南極条約の真の目的ともいえる神の創造法を記した文書、通称「G文書」を私は作成した。

 私が「機関」と接触したのはその頃だったと思う。


「貴女が朝倉瑞姫さんでしょうか。」

「えっ、あぅ……はい。」

 突然面会を求められた私はしどろもどろになっていた。

「貴女の能力を見込んでの話なのですが、我々に協力をしていただきたいのです。」


 「機関」なんてものが存在していたことはその時初めて知った。ただ、朝倉麗理華の魔法の研究が裏付けられたような気がしたことによる嬉しさが大きかった。

 私は「機関」に協力することを決めた。また、「機関」に研究試料の提供などの約束を取り付けることもできた。

 このおかげで私の研究は加速したわけだが、それと同時に壁にぶつかったタイミングでもある。「神の器」の問題である。

 私とて神ではない。人間である限りその能力には限界がある。私は「神の器」完成させることができなかったのだ。「神の器」に必要な知識は単純に生物学のみではない。「神の器」としての能力を満たすために必要な要素は神の能力と一致することが可能な形状、そして形質とは別次元となる「資格」である。私が明らかにすることができたのはかつて地上に存在していた「資格」を有する存在が何者であるかということのみだった。

 キリスト、である。彼は人類史上有数の「神の器」の人材だった。それ故にその身に神の力を宿しながら地上に存在することが可能であり、「奇蹟」を起こすことができた。


 私は「神の器」とは別に神の継承権の研究を続けていた。朝倉麗理華の遺した資料から判明したのだが、その神の継承権というものが宿るのは他でもない私自身である可能性があるということなのだ。

 以下、朝倉麗理華の残したメモからの引用である。


 知っての通り、この宇宙は創造神によって創られた。……これを読んでいる君たちは「何言ってるんだこいつ」という顔をしていることだろう。それでも、この宇宙は創造神によって創られたものである。これは事実であり捻じ曲げることのできない尊いものだ。ただ、このことは既に別の論文で述べているし長くなるので割愛する。

 しかし、創造神は既に存在しないものとなってしまった。なぜか。それは残念ながら私も分からない。分かっていることとして、神は死んだわけではない。その力を手放しただけであり、その後も人間としてしばらく生存したものだと考えられる。

 それでは、本題である。

 神はこの世界から消えるとき……能力を手放したとき、神の継承権を作った。それはこの世界に組み込まれた法則の一つであり、その他の物理法則と同じく相互に干渉し合いながら美しい世界を演出している。そこで私はこの世界の物理法則たちからその存在を逆算できないものか試してみた。計算過程はノートの余白が足りないので省く、なんてやってみたいなあ。私がそんなことをしても数百年もかけて証明しようとしてくれる人が出てくるとは思えないのでちゃんと別紙に控えておくのだが……。

 そして逆算した結果は驚くべきものだった。私自身の中に神の継承権なるものが眠っているのだ。私は困ってしまった。なぜなら、私の父親は全くもって不明であり、母親も血縁や生い立ちが判明していない正体不明の人間だからである。これではなぜ私が継承権を持っているのか知ることができない。私の育ての親である立花ゆかりさんは何か知っているようだが全てはぐらかされてしまった。これは推測の域を出ないものだが、私の母親は――(文字を強引に消した痕跡がある。漢字3文字の単語のようだが、日本語に明るくない私には読み取るのは難しかった。)

 神の継承権の継承に関する法則性の予測である。

 神の継承権の継承を支配する法則はたった二つ。第一に、この宇宙に継承権の保持者は同時に一人のみが存在できる。そして、継承権の保持者に子供が生まれたときはその子に継承される。第二の法則に関しては少し特殊である。神の継承権は魂に刻印される形の資格なのだが、その魂が継承者の実の子供であるか否かというのはあまり重要ではなく、神の能力によって認定されることが条件であるらしい。腹を痛めて生んだとか、体外受精だとか、養子だとか。そういうのは関係なく、世界の最深層に存在しているはずの神の能力の認定を受けるか否かという一点のみに従う。この神の能力が認定するか否かという基準はこれ以外にも利用されている法則が存在するようである。神の能力が認定するか否かという性質から継承者が子供を授からなかったとしても継承権の消失は起こり得ないため、強力な条件だと言える。


 神の継承権が受け継がれるのはその子供。つまり、順調にいけば私が継承権を持っていてもおかしくないはずである。幸い、私は未だ男性とそのような行為をしたことはなかったし、子供もいない。継承権はまだ私の中にあるはず。朝倉麗理華の手法を真似て調べると、案の定それが確定した。私は神の継承権を持っていた。

 神の器を開発し、私の魂を移植し、私は神になる。そして世界を変える。苦しみのない、大切な人が死ぬことのない、理想の世界に変える。そんな計画の壁はただ一つ、神の器が未完であることだけであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る