わからない、何もわからない

統一暦499年12月22日午後8時

「神の器ならそこにあるでしょう。」

「……?」

「忘れたんですか?貴女、曲がりなりにもあの聖母様の娘でしょう?」

 正直なところ、恵吏は分かっていた。ただ、無意識なのかもしれない、目を逸らしていたことだった。それをルキフェルは簡単に言ってのけた。

「貴女を依り代とするのであれば継承者様を昇華させることは可能。この事実に気づいていたら貴女は継承者様を抽出した、その時点ですべての計画を成就させることが可能だった。ネットワークから魂を抽出する方法は教えておいて肝心のこの情報は黙っていたという観測者には正直疑問を感じますね。何か意図があるんでしょうが……。とにかく、道筋が分かった以上儀式の準備を始めなければ。」


統一暦499年12月23日午前3時30分

 恵吏はアカリを揺すり起こす。

「逃げよう。」

 眠いんだろう、アカリは目を擦りながら言う。

「なぜ?」

「……。」

「ようやくあなたの念願が叶うというのでしょう?」

「……でも……。」

「第一、逃げたところでどうにもならないんですよ。一体何を考えて……。」

 恵吏はアカリの胸に顔をうずめた。アカリは驚いたが、抱きとめてその頭を撫でる。

「……子供みたい。」

 アカリは胸元が濡れるのを感じる。恵吏は泣いていた。

「嫌なの。あなたと離れることになるのが、どうしようもなく嫌なの。……だから。」

「そうやって逃げ続けて。逃げた先に何があるというんです?朝倉灯さんのことはもういいんですか?」

「いいわけない。諦められるわけがない。……どうしたらいいのか分からない。」

 アカリは舌打ちをし、恵吏をベッドに押し倒した。泣き腫らした目を擦っている恵吏は困惑したような表情だ。

「そうやってすぐに周りに頼って。分からないのは私も同じなのに。」

「ご……ごめんなさ……」

 アカリが恵吏にキスをしたのだ。舌を入れる、濃厚なやつ。

「分からない。何も。」


統一暦499年12月23日午前4時10分

 モスクワ、人工天使計画のチームが有する研究施設。そこを襲った突然の停電。混乱に乗じて抜け出した二人の少女にルキフェルが気づいたのは彼が起床する午前6時になる。

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