戦線

統一暦499年12月2日午後2時30分

 ジュネーヴ。スイス屈指の大都市である。しかしながら、ここは極めて国境に近い都市でもある。また、ジュネーヴ周辺は国土が飛び出したような形になっているため複数方向から攻め込まれるのに対応する必要がある。

 しかし、量産機たちはそれを物量作戦でカバーするという作戦に出た。実際、それは可能であった。スイスは北西部がジュラ山脈、南部はアルプス山脈にはさまれており、山脈を越えて侵略というのは些か難しい。そのため実際に防衛が必要な国境の総延長はさほどでもない。そのため、余裕をもって要所に戦力を集めることができた。地上から国境を越えることは不可能である。そして――上空も。

 スイス上空も量産機が一定間隔で飛行している。数キロメートルの間隔ではあるが、その飛行速度はあらゆる地点へものの数秒で駆けつけることを可能にしている。

 彼女たちに交代は要らない。無から力を引き出すという魔術があればエネルギー補給なども必要ない。この防衛システムに隙はない。

 核弾頭を積んだ弾道ミサイルが打ち込まれても問題なかった。上空を巡回する数千のうち40程度が即座に駆け付け、スズメバチを殺すミツバチのようにその爆発を抑え込んだ。それで死んだのは36体。総数10万のうちのたった36である。損害は少ない。


統一暦499年12月3日午前0時

 東京の中心部。琉吏が立っているのはネットワーク信号の送受信を担う巨大なタワーの頂点である。ネットワーク開始時からネットワークの発達とともに増改築されてきた東京の、さらに言えばこの世界の科学文明の象徴である。

 まだ喉の奥に血の味が残っている。だが、人工天使の量産機たちのよくわからない力のおかげで流血は止まったし痛みもない。槍で刺された腹部の穴も恐ろしい速さで塞がり始めている。

 守りたいもののため。ルキフェルとかいう男にうまいこと手玉に取られた感じが否めないが、利害も一致しているようだしとりあえずは従っておくのが良いんだろう。

 ここで考えていても仕方ない。

「時間です。」

 隣の量産機が言う。琉吏は大きく深呼吸してから飛び降りた。

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