どうしたものか

統一暦499年8月29日午前1時21分

「天使と人の子の戦いといきましょう?」

 ガブリエルが宣言した。

「彼女を連れて来なかったら、手段は選ばないわ。」

 恵吏えりは身震いした。だが、逃げるわけにはいかない。逃げてはいけない。

「それじゃ、夜明け前には。」

 ガブリエルを抱きかかえたまま、ミカエルは飛び去ってしまった。

「えりりん……?」

 紅音あかねは心配そうに恵吏を見つめる。

「……行くしかないでしょ。」

 恵吏は言った。


統一暦499年8月29日午前3時51分

 先の大戦において、東京を含めた関東平野の都市圏は漏れなく戦場と化した。そのため、東京の周辺地域はほとんど全ての建物が破壊されていた。やがて再興され巨大な都市圏が復活したが、その旧市街地は手つかずのまま残っている。巨大なビルの鉄骨だけがその名残りを保ちつつ、建物のほとんどは倒壊して緑に覆われている。アスファルト舗装は植物に侵食され、ひびが入り、舗装が捲れあがっていた。ちょうど人類絶滅後の世界観を体現しているようだ。

 そんな明かり一つない夜の無人地帯に、4人の少女たちが居た。

「厳しければ、無理しなくてもいいのよ、ウリエル?」

 一人だけ傘をさすガブリエル――長い白髪に白百合の髪飾りを留めている少女――が言った。

「……大丈夫。」

「大丈夫なわけないでしょ。彼と敵対することはあなたの精神面に大きな影響を与えてしまう。メンタルは私たち天使の資本なんだから、無理しないで。あなたは引っ込んでて結構よ。」

「……うん。」

 一方、ミカエルは右手に持った雨の中でも燃え盛る炎剣を眺めていた。いや、その目線は目の前の炎剣ではない、もっと遠くを眺めているようだ。ミカエルの目線は、炎剣を越えてこちらを見据えていた。

 ラファエルは魚の形を模した水筒をぎゅっと抱きしめていた。本当にやるのか、とでも言いたげだ。


統一暦499年8月29日午前4時12分

 足音がだんだん近づいてきた。ひび割れた舗装道路を歩いて恵吏たちがやってきた。後ろからついてくる紅音と聡兎そうとがアカリを連れている。

「待ちくたびれたわ。日の出まであと1時間。さっさと始めましょう。」

 ガブリエルが言った。

 後ろに居たウリエルは聡兎に目をやって小さく「ごめんね」と言っていた。それを見て聡兎は首を捻った。

 ミカエルは炎剣を片手にガブリエルを抱き上げる。

「やるか。」

 呟いて、早速ミカエルは薙ぎ払うようにその炎剣を振った。漫画やアニメのように、その斬撃は衝撃波となって飛んで行った。

 忘れてはいけないが、恵吏はただの女子高校生、しかも体力は平均以下だ。すんでのところで避けられたものの(ミカエルがわざと外したのか)、避け続けられる保証はない。

「えりりん!」

 驚いた紅音が叫ぶ。

「……ッ、」

 恵吏はアカリを抱きかかえて走り出した。

「戦略的撤退?……でもないな。負け犬の遠吠えとでも言おうか。」

 呟いて、ミカエルは恵吏を追い始めた。

「待て。」

 そんなミカエルの前に立つ男が居た。

「かなり厨二臭いと自分でも思うよ。すっげー恥ずかしい。でもな、一回くらいこんなセリフ真面目に言ってみたかったんだよ。……俺を殺してから進め。」

 赤坂聡兎だった。

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