還った

統一暦499年8月19日午後9時25分

 ニューヨークの国際空港に一人の男が居た。銀髪でメガネ、そしてそこそこに美形である。黙っていたらそこそこモテるかもしれない。ただ――この男は、重度の変態的な性格を持ち合わせていた。

 赤坂あかさか聡兎そうと、それが彼の名前である。

「くっそー、あの幼女、俺を一人だけ置いて行きやがって。こっちはなんも情報ないから自腹で太平洋往復するんだぞ?後で見てろよ……。」

 この上なく不機嫌な聡兎。その原因は数日前、G文書を盗み出した聡兎とエルネスタが合流したときまで遡る。


統一暦499年8月15日午後4時10分

「あ、あなたは待っていてください。」

 ついて行こうとした聡兎はエルネスタに止められた。

「なんで?」

「あなたはこの後の計画の計算に入れていません。あなたが介入することで事態が想定外の方向に進んではいけないので待っていてほしいんです。」

「嫌だね。紅音あかねを放っておけるわけないだろ。」

「……言い方を変えましょう。百合に挟まる男は?」

「………………………………クソがッ!」


統一暦499年8月19日午後9時25分

 そういうわけですべてから置いてけぼりを食らった聡兎は何も連絡がこないのでエルネスタに直接会いに太平洋を渡ったが、そこで紅音と入れ違いになってしまったわけだった。

「待ってろよ、俺が全部どうにかしてやるからな。」

 そう呟いて聡兎が歩き出した直後、走ってきた少女が聡兎にぶつかった。紅音と同じくらいの背丈のその少女は、長くて綺麗な白髪でベレー帽を目深に被っていた。

「っと、大丈夫かい?」

「……すみませんでした。」

 少女はそれだけ言い残して逃げるように去ってしまった。

「……なんなんだ?」

 しかし、深く考える時間もなく、間もなく離陸のアナウンスが流れた。


統一暦499年8月20日午前12時5分

 そんな変態が迫っていることなど露知らず、紅音は恵吏えりとレストランに居た。

 安い合成肉のハンバーグをフォークで突っつきながら紅音は言う。

「この間から、ネットワークのラグ酷くない?昨日もラグのせいで負けたらまたチャンネル登録者減っちゃってさー。」

「……4人も3人も変わらない気がするけど。」

「うわー、ひっどーい。いくら底辺自覚してるからってそういうの刺さるんだよ?病んじゃいそう……。」

「アイコン黒に変えてよくわからないポエム書き込むんでしょ?どうせ紅音は三歩歩いたら全部忘れるくらいなんだから大丈夫だって。」

「少しくらいフォローしてよ!さっきからディスしかしてないよ⁈」

「……ネットワークのラグ、ねえ。……あかり……とか、なんかあったのかな。」

「……あかりん、大統領ちゃんに保護してもらってるんでしょ?あれだけ厳重なら、たぶん、大丈夫でしょ。」

「……そうだよね。」

「……。」

「あ、ごめん、なんか雰囲気悪くなっちゃったね。」

「そんなことないって。せっかく会えたのにすぐに離れ離れになっちゃってあかりんのこと気にしないほうがおかしいよ。」

「……うん。」

 恵吏はぼんやりと外を眺めてみる。

 街路樹の葉は夏の日差しを浴びて緑色を反射している。街を歩く人はみんな涼しそうな身軽な格好をしている。重そうなスーツケースを引っ張っている不審者なんて……。……ん?あの不審者の顔、どっかで見たような……。

「聡兎さん⁈」

 紅音は驚いて立ち上がった。

 そんな紅音に気づいたのか、聡兎も手を振って店の中に駆け入ってきた。

「聡兎さん、なんでこんなところに?」

「決まってるだろ、紅音を守るためだ。あの幼女が言ってたことからすると、紅音も胡散臭い計画とやらに関係してるらしい。計画に関係しているってことはあいつの目論むきな臭い物語の登場人物になっちまったってことだ。そういうからには安心して平穏無事な生活が送れるかわからなくなってくる。俺は、どうにかしてその物語から紅音の日常を守ってやりたいんだ。」

「……じゃあ、どうするつもり?私の部屋に泊まり込むの?」

「…………………………考えてなかった……。」


統一暦499年8月20日午後7時59分

 結局、聡兎は近くのホテルに泊まることになった。

「出費が痛え……。でも、これも紅音のためか。」

 部屋に荷物を置くと、聡兎はすぐに外に出た。もちろん、紅音の周囲の見回りをするためだ。


統一暦499年8月20日午後9時20分

 こんな暗くなってから同じ道をぐるぐると一時間以上歩き回っていたら、警察に職務質問をされるのも当然だ。聡兎は314回目の職務質問を終えた。

「……うまいこと誤魔化せたか。」

 聡兎は呟いた。

 314回目ともなると警察の悪質な質問の魔の手から逃れる技術も上達するというものだ。

「3.14……円周率か。」

 聡兎が初めて職務質問を受けたのは高校二年生のとき。それから几帳面にその回数を数え続けてきた。ようやくここまで来たか、どうやら統一暦500年記念で500回目の職質は無理そうだな。

 そんなふうに物思いに耽っていた聡兎にぶつかった少女がいた。

「……おっと、大丈夫か……って、あの時の子か?」

 長くて綺麗な銀髪の少女。空港で会った、あの少女だった。

「なんでまたこんなとこに……。」

 ふと、聡兎は気づいた。

 少女の顔は真っ赤で、立っているのがやっとというくらいふらふらしていた。

 聡兎はすぐにポケットの端末を取り出し、体温計機能で熱を測った。

「……めちゃくちゃ高熱じゃないか!待ってろ、今すぐ救急車を……。」

 しかし、少女に止められた。

「救急車は……呼ばなくて、結構です。」

「何言ってんだ!体温計がとんでもない数字になってたぞ?絶対やばいやつだろ!」

 少女はそこで初めて、聡兎と目を合わせた。綺麗な碧眼。それを見た瞬間、聡兎は自分の目を疑った。

「……ま……さか。……灯、ちゃん、なのか?」

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