記憶を消せるのもまた記憶

統一暦499年8月17日午後9時14分

「……にしても、来るの遅すぎだろ。」

 アメリアは呟いた。

「……あれ?どっかで見たことあると思ったら船のときの⁈」

 一気に紅音あかねの顔がこわばる。

「その点は大丈夫だ、私はもう組織を抜けた。一応味方ってことになった。」

「……?」

「……いいや、めんどくせえ。あとは若いお二人でってことで。」

 そう言ってアメリアとミリリは出て行ってしまった。

「セックスするまで逃がさないからな?」

 アメリアはドアの向こうでそんなことを言っている。

「……え?せっ……?」

 紅音はひたすらに困惑している。

「あー、もう、ほんとごめん。私のせいで。……何とかして出られないかな。」

 恵吏えりは窓に手をかけてみた。

「……ッ、開かない?」

 他にも、換気口やクローゼットの中など、部屋中を調べてみたが抜け出せそうな場所は見つからない。

「……どうしよ。」

「……待ってたら、ドア開けてくれたり……なんてしてくれないんだよね。」

「あいつらにそんな良心があるとは思えない。……餓死寸前になったらさすがに開けてくれるか?」

 恵吏はベッドに座っている紅音の隣に寝転ぶ。

「やばい……。」

 紅音は恵吏とドアの間で目線を行ったり来たりさせた後、何回か口を開いたり閉じたりして、言った。

「その、事情はよく分からないんだけど……セックス、したら出してくれるんでしょ?……その、どうしても出られないって言うなら、私は……いいよ?」

 セックス、の部分だけ思い切り小声にしながら紅音は言う。

「な……何言ってんの⁈」

「……私と、したくないの?」

「あ、いや……。」

「……私だってさ、家で猫が待ってるし、早く帰りたいんだよね。……どうしても嫌って言うならえりりんと一緒に別の出られる方法探すけど。」

「……ッ、」

 もういいや、なるようになれ。

 恵吏は顔を真っ赤にしながら言った。

「……シャワー、浴びてくる。」


統一暦499年8月17日午後9時22分

 今、紅音がシャワーを浴びている。

 バスローブを着た恵吏はベッドの上に座って悶々としていた。

 ガチャ、と音を立ててシャワールームのドアが開く。バスローブを着た紅音が出てきた。

 紅音は恵吏の隣に座る。

「……しよ?」

 促されて、恵吏は手を震わせながら紅音の両肩に手をのせる。

 紅音の火照った顔が目の前にあった。

 これから、するのか。

 と、これからすることを想像した瞬間、

「……ちょ、ごめん。」

 恵吏はトイレに駆け込んだ。恵吏は思い切り吐いた。

 だめだ、怖い。自分のプライベートな部分を人と交わらせるのが、どうしようもなく怖い。

「……大丈夫?」

 心配そうな紅音が覗き込んでくる。

「……たぶん、大丈夫。」

 恵吏はのろのろとベッドに戻る。

 恵吏はベッドに座る。紅音はその隣に。

 また振り出しか。いや、振り出しの戻るより悪いかもしれない。

「寝て。」

 紅音が言った。

「……え?」

「いいから、えりりんは横になってて。私がリードしてみるから。」

「でも……。」

「私とするのが嫌なの?」

「……そんなわけじゃないけど……。」

「じゃあ、早くしよ?」

 柔和な笑顔の紅音に促されて、恵吏はゆっくりバスローブを脱ぐ。胸を腕で押さえながら、ベッドに横になる。

 紅音がバスローブを脱いだ。いつか見た、断崖絶壁な胸だ。

 紅音は恵吏の上で四つん這いになる。

 恵吏は途端に過呼吸になる。

「や、だめ、怖い!」

 恵吏は目線を逸らしてしまう。

「えりりん、こっち見て?」

「……。」

 ゆっくり、本当にゆっくり、恵吏は紅音と目を合わせる。

 目が合った瞬間、紅音は恵吏の唇を奪った。

「……!」

「……私が怖い?」

「……そんなことは、ないけど。」

「じゃあ、早くしよう?」

 紅音は恵吏のまだ幼さの残るヴァギナに手を伸ばす。

「……ッ、」

 紅音がその割れ目に指を沿わせると、恵吏の紅音の体を掴む力を強くなり、全身の関節が固くこわばる。

「私も初めてだから、痛かったらごめんね。」


統一暦499年8月17日午後9時50分

「はぁ……はぁ……。」

 恵吏は全身から汗をかき、息を切らしていた。

 おなじように全身から汗をかいた紅音が恵吏の隣に横になっている。

「すごい……気持ちよかった。」

 恵吏が呟いた。

「ふふ……良かった。」

 紅音が大きくため息をつく。

「なんか……怖くないって分かった。……人と一緒は、怖くない。」

「そっかー。……ッ、」

 恵吏は紅音にキスした。

「……ありがとう。」

 恵吏は笑顔でそう言ったが、紅音は目を逸らしてしまった。

「……そんなの、勘違いしちゃうじゃん。」

 とても小さく、紅音はそう呟いた。

「……なんか言った?」

「なんでもなーい。」


統一暦499年8月17日午後9時58分

 二人を閉じ込めてからしばらく経った。

「もうヤったくらいの頃合いかねえ。」

 アメリアがそんなことを呟いていたとき。

 中からドアがノックされた。

「……したよ。早く出してよ。」

 恵吏の声だった。

 アメリアはドアを開く。恵吏の顔を見て、アメリアは言った。

「……おお、女になったじゃねえか。」

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