そーだったのかー

統一暦499年8月15日午後1時35分

「あなたたちがどこまで知っているかは知りませんが、私が知っている限りのこの世界の秘密をお教えしましょう。」

 ベッドに横になったエルネスタが言った。

「何……?せかいのひみつ?なんか話が大きくなってない?」

 困惑した紅音あかねは思わずそう言う。

「そう思うのも無理はないでしょう。ですが、この話は既に『一人の少女を救いたい』、というレベルには収まりきらないほどに肥大化しているんです。」

「ちょっと待ってよ!」

 恵吏えりが叫んだ。

「私はこの件について紅音を巻き込むつもりはなかった。これから先も紅音にこのことに関係するのを強要したくはない。でも、知っちゃったら戻れなくなる!私はまだ戻れるうちに紅音には帰ってほしい!」

 エルネスタは間髪開けずに言った。

「ああ、そうですね、このことも言わなければいけなかったんです。」

 恵吏の目を見てエルネスタは言った。

「赤坂紅音という存在は、既にこの世界の未来を左右する大きなファクターとして組み込まれています。後戻りはできない、ということです。」

「……私のせい、なの?」

「……いえ、あなたがどういう行動をとったとしても、一連の話の中心に比較的近い位置に居る紅音さんはそのうち深くかかわることになっていたと思います。」

「……」

 嫌な沈黙が場を支配した。

「あっ、あのさっ!」

 紅音がそんな空気を断ち切るように言った。

「アカネは巻き込まれたなんて思っちゃいないし、そもそもこっちから首を突っ込んだ結果なんだし、えりりんはなんも悪くないよ!」

 エルネスタが口を開く。

「そうです。あなたには非はありません。こうなることは私たちにはどうすることもできない運命でした。……と、一旦落ち着いたところで、これまでとこれからに関して説明してよろしいでしょうか。」

「……うん。」

「まずは、第5次世界大戦の終結から話しましょう。知っての通り、第5次大戦では先の4度の大戦を遥かに凌駕する死者が出ました。詳しい数字は分かりません。データごと消えたケースがあったので。とりあえず、そんな被害はようやく人類のトップたちに戦争の終結を決断させました。そして第5次大戦の平和条約として結ばれたのが、」

「南極条約……」

 紅音が呟いた。

「そうです。」

 エルネスタが続ける。

「南極で開かれた南極会談で結ばれたから、南極条約。ここには、戦後処理だけでない多くの条項が含まれています。その一つが、世界を統一したネットワークで繋ぐこと、それを支配するための政府を設定すること。つまりは、ここで戦後世界の形が大まかに取り決められたわけです。……と、ここまでが歴史の教科書に載っている内容です。ただ、歴史の教科書には載っていない重要な文書が作成されました。それが、『G文書』です。このGはGOD、つまり神という意味で、科学者の朝倉あさくら瑞姫みずきが作り上げた理論に基づいて神を創造するための方法が記されています。」

「あの、ちょっと質問なんだけど、」

 紅音が手を挙げた。

「カミ……って、あの神様の神?」

「はい。」

「そんなの何かの冗談じゃないの?」

「……そうですね、疑いたくなるのもわかります。神なんて定義自体が曖昧ですからね。朝倉瑞姫が言うところの神は、全知全能の能力をもつ存在。その力は、単一で宇宙の破壊と創造を行える、としています。朝倉瑞姫は黎明期の生化学ネットワークの研究者でした。全人類をネットワークに接続して運用する、という研究をしていて、どういうわけかそんな方法を見つけてしまったらしいんです。これの信憑性については、彼女がネットワークについて多くの功績を残していることと、当時の日本政府の総理大臣であり初代統括政府大統領である赤坂あかさか美華咲みかさがその危険性からG文書を赤坂家の地下金庫に封印したというところですね。そんな適当なものならわざわざ大統領権限で情報を操作して封印なんてしないでしょう。とにかく、私はG文書は『ホンモノ』だと考えています。」

「じゃあ……」

「なぜ、そんなものを引っ張り出してきたのか。……これは、恵吏さんから話した方がいいと思いますが。」

 エルネスタは恵吏に目線をやる。恵吏は心疾しいように目を逸らす。

「これから行動を共にするなら、秘密は減らしておく方が得ではないですか?」

 恵吏は暫く黙っていて、ようやく口を開いた。

「単刀直入に言うと、私の目的は世界をリセットすること。神を作って、世界をやり直す。なんのやましいところもない人間が、灯が、こんなことに巻き込まれないような、そんな世界に作り直す。」

 再び沈黙。

「……やっぱこんなこと人前で言うの恥ずかしすぎる……。」

「そんなことないよ。」

 紅音が言った。

「そんなすごいことしようとしてるなんて、恥ずかしいことでもなんでもないよ。」

「……そう、かな。」

「……さて、これからの話をしてもいいですかね。……それでは。」

 エルネスタはポケットから小さな端末を取り出し、何やらメッセージを送った。その直後。

「失礼致します。」

 そんな声が聞こえて、声の主が部屋の中に入ってきた。

「紹介します。こちらは、『機関』の第100代総統の小鳥遊たかなし栖佳羅すからさんです。」

 エルネスタにそう紹介されたのは、銀灰色で長い髪の女性だった。丁寧な物腰とは対照的にラフな服装で、肩に掛けた角ばったバッグには雑に書類が突っ込まれていた。

 栖佳羅はその書類をまとめてエルネスタに渡す。

「物理的な面では、特に怪しいギミックは見つかりませんでした。内容は、こちらに簡潔にまとめてあります。」

「ご苦労様です。」

 エルネスタはベッドの上に座り直し、書類に目を通す。

「……なるほど。とすれば、次に行くべきは……」

 恵吏と紅音は固唾を呑んでエルネスタの言葉に耳を傾ける。

「月、ですかね。」

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