Cry for the moon
統一暦499年8月15日午後10時2分
「月……ねえ。」
ホテルのベランダから見える、頭上高く輝く月。もう2、3日もすれば満月になるだろうあの月。あそこに行くことになるのだ。
統一暦499年8月15日午後1時42分
「次に行くべきは……月、ですかね。」
エルネスタが言った。
「月って、月?」
困惑した
「はい。衛星の比喩とかではなく、地球の衛星の月です。」
「なんで?」
「うーん、教えないわけにはいかないですからね。……政府はいくつかの極秘の研究をしています。その一つが、神の器の構築です。朝倉瑞姫はG文書に神の創造に関することを細かく記述しました。しかし、彼女は神の器……神様の肉体ですね。これについての研究は完成していませんでした。それもその筈、彼女の専攻はサイバネテック精神化学。肉体そのものなんて専門外でした。彼女が完成できなかった神の器の研究は政府直属の研究組織である『機関』に引き継がれました。そして、神の器の研究には月が選ばれました。様々な理由がありますが、一番大きいのはネットワークの影響を受けにくい、というものです。神の魂が入る前に神の器がネットワークに触れることは避けたかったんです。……というわけで、月に行って神の器の研究データを手に入れなければいけません。ですが、一つ問題がありまして……」
「問題って?」
そこで
「人工天使計画、というものがあるんです。これは、そもそも神の器の計画から派生したものなんですが、計画の総合指揮が『機関』からの独立を画策しているため、我々とは敵対関係にあるんです。神の器の計画は人工天使計画と密接に関係していて、神の器のデータを直接受け取ると彼等に私たちの作戦がバレてしまう可能性があります。だから、極秘で侵入して盗むのが最適なんです。」
統一暦499年8月15日午後10時3分
と、そういうわけで、次に月に向けて物資補給船が出るときにこっそり乗っていくことになった。
「緊張してるの?」
紅音だった。
「……どうなんだろう。」
「……あのさ、」
そのあと何度か口を開いたり閉じたりした後、ようやく紅音は言葉を繋げる。
「大統領さんも言ってたけど、えりりんは無理をしてまで行く必要はないんだよ。……だから……ってわけでもないんだけど、その、危ないところには……アカネは、行って欲しくないな……って。」
その通りなのだ。これまでは灯を救うという直接的な目的があった。ただ、これからの作戦は灯を救うことに繋がるのかは未知数だ。紅音の言うことはもっともなことだった。
「……でも、」
俯き加減の紅音を横目に、恵吏は言う。
「私は行きたい。」
紅音が顔を上げ、恵吏を見る。悲しそうなような、諦めているような、そんな表情か。
「それがいつか灯に繋がるなら、手放しにはできない。何もできなかったとしても……私の命が危うくなったとしても、それでも、私は私の目的のためにそれに関わらなくちゃいけないんだと思う。」
恵吏は恐る恐る紅音の顔を見る。紅音は、笑っていた。
「それじゃアカネもついてくしかないじゃん。素直で、実直で、どこまでも真っ直ぐ。馬鹿みたいに。こんなお馬鹿さん野放しにはしておけないらからね。」
「馬鹿は余計でしょ!」
そんな恵吏たちの上で、月は輝いていた。
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