世界で一番偉い幼女
統一暦499年7月17日午前7時35分
セミショートで光沢の深いナチュラルブラウンの髪の少女、エルネスタ・アインシュタイン――エルネスタは歴代最年少地球統括政府大統領であり、今年12歳になったばかりであった――は、ニューヨークの地球統括政府ビルの最上階、大統領の私室で掌サイズの端末――可愛いピンク色のキャラクターで彩られた、柔らかい掌にやさしいRが施されたもの――を弄んでいた。
日本はニューヨークより13時間進んでるから今頃日本は午後9時35分くらいか。
ふと、その画面に面白いものでも見つけたかのような顔をすると、すぐに端末を操作する。
大きな溜息をついたエルネスタは、誰に向けてでもなく呟いた。
「騙せるのはせいぜい十分くらいです。健闘を祈りますよ。」
統一暦499年8月15日午前11時20分
とある警察署の保護室であった。
昨夜、路上で倒れていたところを保護された佐藤恵吏が入れられている部屋の前には、エルネスタと、その横にはパリッとしたスーツで身を包んだサラサラの長い金髪で整った顔立ちの背が高い女性が立っていた。
スーツの女性を従えて部屋の中に入った少女は恵吏にこう言った。
「今からあなたの身は私が引き取ります。」
部屋の隅で蹲っていた恵吏は、ゆっくり顔を上げた。その目元は、真っ赤になるまで泣き腫らした後だった。
それを見て少女は続ける。
「今まで一人で大変でしたね。大丈夫、これからは私もいます。」
統一暦499年8月15日午後1時2分
恵吏の身元引受の関係の手続きで1時間以上かかってしまった。
『お腹も空いているでしょうし、どこかでご飯を食べながらお話をしましょうか。』
ということで、恵吏は個室タイプの高級料亭に連れ込まれた。
エルネスタは、なぜか、人数分用意されている豪奢な意匠の施された椅子ではなく、行儀よく椅子に座っている「ジェシカ」と呼ばれている金髪の女性の足の上に、まるでそこが定位置なのかのように座っていた。
「そんな胡散臭いものを見るような目で見ないでください。私は正真正銘、現・地球統括政府大統領のエルネスタ・アインシュタインです。どこかで顔くらい見たことないですか?」
恵吏は、そう言いながらジェシカからアイスクリームを「あーん」してもらっている目の前の幼女がどうしても、あの、飛び級で8歳で大学を卒業した、数々の「天才」と評される逸話を持つ少女とは思えなかった。
「あの、仮にあなたが本物のエルネスタ・アインシュタインだとして、」
「仮って何ですか⁈」
「だったらなんで私の身柄を引き取ったのか説明してほしいんだけど。」
幼女は可愛らしく少し首を傾げ、答える。
「うーん、計画のためっていうのが3割、あとは個人的な興味ですかね。」
恵吏はすっかりくたびれた自分のパーカーを気にしながら言う。
「私に何をしてほしいの?……灯は私の手を離れたし、もうどこに居るかも分からない。ネットワークから位置情報を逆算するのも、私が設定した妨害プログラムのせいで不可能。私にできることなんてないんじゃないの?」
「そんなことはありません。」
幼女は力強く言った。
「あなたでなくてはいけないことです。」
恵吏はその言葉に、エルネスタと出会って初めて、大統領としての威厳を感じた。
統一暦499年8月15日午後4時3分
エルネスタは、地下にある小さなバーにいた。
そこには、ジェシカ、その膝の上に座るエルネスタ、恵吏と、その向かいの席には銀髪にメガネをかけた青年と、金髪に赤いメッシュを入れた少女がいた。
まず、その少女が話し始めた。
「えりりん無事だったの?ずっとどこ行ったか分からなくて心配したんだよ?あ、そういえばあかりんはどこに居るの?無事なの?」
それを止めるように、エルネスタが言う。
「えっと、赤坂紅音さん、でしたっけ?それについては後々話すので、少し落ち着いてください。」
銀髪の青年、赤坂聡兎が不機嫌そうに言う。
「おいエルネスタ、紅音はこれ以上深みに関わらせたくないんだ。あんたの命令でここに連れてきたが、あまり変なことは吹き込まないでくれ。」
「さあ、どうでしょうね。現状、紅音さんの生命に関係するような計画は存在しないというのは言っておきましょう。」
エルネスタはそこでホットミルクを一口飲み、続ける。
「それで、例のものは?」
聡兎は横に置いていた鞄から数枚の紙の束を取り出した。
「これが、G文書の原本だ。」
「ほう、かなり保存状態が良好ですね。文字が一つも掠れていない。流石、赤坂家の地下室ですね。」
一通り文書を確認して、エルネスタは言う。
「今すぐ内容を詳しく調べたいものですが、それは道具が揃ってからにしましょう。まずは朝倉灯さんを取り戻しに行きましょう。」
恵吏は思わず言った。
「ちょっと待ってよ、灯の場所は分からないんじゃないの⁈」
「ええ。現状、朝倉灯さんの位置情報は特定できません。」
「だったら……」
「でも、あなたを誘拐した組織の足取りは特定できました。」
一呼吸おいて、エルネスタは言った。
「次の舞台は太平洋です。」
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