それはもしかしたら終わりの始まりかもしれない

統一暦499年7月31日午後5時30分

「……はあ。」

 佐藤恵吏えりは大きなため息をつく。これからしようとしていることの重大さを改めて考えると緊張のあまり心臓の鼓動が高まる。でも、ここまで来たからにはもう辞めることはできない。彼女のためにも。

 決行は明日の夜。それを逃せばチャンスはないも同然だ。

 今日から機材の最終調整を始める。決行までは路地裏のずっと奥の廃ビルで時間をつぶす。

 暗くて狭い路地裏で作戦メモを見ながら手順を確認する。

「まあ、やるしかないか。」

「何するの?」

 突然聞こえた声に、体ごと振り返る。

紅音あかね⁈なんでここに?」

 そこに立っていたのは恵吏のクラスメイトの金髪赤メッシュ、赤坂紅音だった。

「なんかねー、今日のえりりん様子おかしかったし、なんかあったのかなーって思ってね。」

「だからなんでここに居るのが分かったの?」

「なんか……勘?」

「勘って……。とりあえず、私は大丈夫だから紅音は早く帰りな。」

 恵吏はターンすると紅音に目も合わせず路地裏の奥に消えた。……消えようとした。

「……紅音、なんでついてくるの?」

「なんか面白そうだから。」

「面白くもなんともない。面白いことなんて何もしないから帰って!」

「やだ!アカネはえりりんについて行きたいの!」

「……。あ!野良猫!」

「え⁈どこ?」

 恵吏は紅音がキョロキョロしている隙に全力で走り出した。後ろも振り向かず、路地裏を右に左に曲がりながら走り続けた。

 紅音は猫が好きである。それこそ、エキゾチック・ショートヘアから性行為におけるタチネコのネコちゃんに至るまで。その愛はもう異常としか言いようがない(と恵吏はいつも紅音に言っていた)。部屋の壁紙が肉球柄なのは言うに及ばず、パンツは可愛らしくデフォルメされた猫の柄であり(前にパンチラしてた)、週に一回猫を撫でないと死ぬ(猫成分の足りない紅音が恵吏ネコに抱き着くから恵吏が)というレベルである。しかし、実際には猫を飼ったことはない。

 そんな紅音が野良猫を放っておけるはずがない。そう踏んだ恵吏は、生き延びるための嘘をついた。

「はあ……はあ……。これで撒けたか。」

「追いかけっこ終わり?」

 後ろから紅音の声が聞こえた。後ろを向くと何事もなかったかのように紅音が立っている。もはやホラーゲームである。

 恵吏は自分自身の運動能力を考えていなかったのだ。恵吏はほぼ一日中部屋に引きこもっているため、100メートルを走ると20秒だし、10分以上全力で走ると次の日は筋肉痛で一歩も動けなくなる。

「だから、ほんとになんでもないから!紅音は早く帰って!」

「えー、そう言われても気になるんだもん!」

「……紅音には迷惑かけたくないの。お願いだから。」

「そういう大変な時こそ、誰かを頼るといいんだと思うよ。私たち、友達でしょ?」

 友達、という言葉に、恵吏は少し硬直した。しかし、

「だから。友達だから、迷惑をかけたくないの。これは、私がやらないといけないことだから。だから、紅音には関わらないでほしいの。」

「えりりんは、いつもそう。いつも自分一人で抱え込んで、大事なことは相談してくれない。」

 紅音はいつもより低いトーンで言った。俯いているため、その表情はうまく読み取れない。

 少し間を開けて恵吏の口が開く。

「……はあ。ほんとに、覚悟はできてるの?」

「……うん。」

「後戻りはできないよ?」

「わかってる。」

 観念したように大きな溜息をつき、恵吏は紅音に今からやろうとしていることを教えた。なぜこんなことをしようとしているのか、具体的な作戦はどうなのか。

 全てを知った紅音は笑顔だった。

「紅音はなんで笑ってられるの?私がやろうとしてるのはこの世界に対する宣戦布告みたいなものなのに。」

「やっぱりえりりんはいい人なんだってわかったから。確かにやろうとしてることはいけないことだけど、でもえりりんがいい人でなきゃそんなことやろうとするわけないもん。」

 恵吏は軽く赤面する。

「……とりあえず、あとはついてきたかったら勝手についてきて。当然だけどこのことは秘密ね?」


統一暦499年7月31日午後6時

「うわー!」

 紅音が目をキラキラさせながらたくさんの廃部品の山を見ている。

「すごくカッコいいよ!秘密基地みたい!」

「さいですか。」

 はしゃぐ紅音を無視して作業を続ける。


統一暦499年7月31日午後11時

 大方は終わった。動作確認をしながら時間を潰す。

「夜だし紅音はもう帰ったほうがいいよ。」

「んー、明日は土曜日で学校ないし、今日はここで寝るー。」

 いつも恵吏がベッド代わりに使っているソファに紅音が横になる。

「そこ私のベッド……ってもしかしてもう寝ちゃってる?」

 紅音はもうピクリとも動く様子がない。

「寝るの速すぎか」

 疲れてるのかな、と恵吏は適当に考える。

 その安らかな寝顔を見ていると、ますます紅音を巻き込みたくない、と恵吏は思う。

「明日、ようやく、。」


統一暦499年8月1日午前11時

 紅音は遅い起床だった。

「おはよー。えりりん、シャワーかなんかない?汗が気持ち悪くって。」

「ここにそんな気の利いたものはないよ。でもこのビルの一階にきれいな水が出る蛇口があるから、手を洗ったり顔を洗ったりとかくらいならできるけどね。」

「んー、顔洗うだけでもしてくる。」

 紅音は蛇口のほうに行ってしまった。

 恵吏は一人で黙々と作業をしていた。実際に使うのは簡単に持ち運べるように必要な部品だけ残して最小化したものだが、それを調整したりする機材は大きなものだ。

 作業がひと段落した恵吏は手が油やらなんやらで汚れていることに気づいた。手を洗いに行こうとして恵吏は気づいた。

「紅音が帰ってくるのが遅いな。なんかあったのかな。」

 蛇口のほうへ急ぐ。

「紅音!だいじょ――」

 そこには、透き通った肌を水で濡らした一糸纏わぬ姿の紅音が立っていた。

「……ッ!」

 恵吏と紅音の目が合う。恵吏の顔が真っ赤になる。

 紅音はゆっくりとした動作でほとんど膨らみのないいや、もはや平地である胸を両手で隠し、こう言った。

「いやーんえっちー」

 戻ってからも恵吏は動揺したままだった。

「私は貧乳趣味じゃない私は貧乳趣味じゃない私は……」

「さっきから貧乳貧乳うるさいッ!」

 紅音の固く握られた拳が恵吏の頬を直撃する。

「痛ぁ……?」

「今夜なんでしょ?アカネのおっぱいは忘れて集中しろ!」


統一暦499年8月1日午後7時

「作戦の大まかな流れは、まず研究所の奥にあるはずのあかりの肉体の回収。そしてそれにACARIの人格を移植。口で言うのは簡単だけど、ネットワーク上に中心を持たずに存在しているACARIは簡単には操作できない。素直にやろうとするとネットワーク全てをスキャンしてACARIを抽出しなきゃならないんだけど、それは現実的に不可能。それで私は、ACARIに一時的に中心を持たせることができるプログラムを作った。」

「えりりんが授業中に先生の話聞いてなかったのはこれ考えてたからだったんだね。」

「(まあ、さぼってただけなんだけど……)そう、そーなんだよ。」

「なんか言った?」

「き、気のせいだって!……とりあえず、プログラムを起動してこの端末の中に一時的にACARIの中心を作る。そして、生物化学専門のこの研究所内には検体の調整のための設備があるからそれを利用して端末内のACARIの中心のデータを移植。」

「えりりんせんせーしつもーん。そんなことしたら簡単に見つかっちゃうんじゃない?」

「もちろんその対策はしてある。今日はほとんどの研究者がパーティーに出席するため研究所には来ない。そのうえ監視設備の機能は掌握してあるし、足取りがバレたときのために囮の足取りの情報を用意してある。私が研究所のシステムに入り込めたのも研究所なんて実験器具しか置いてないとこにわざわざ入り込む馬鹿なんて居ないから警備が緩いおかげなんだけどね。」


統一暦499年8月1日午後9時

 二人の少女が巨大な研究所にほど近い、暗い路地裏に立っていた。片方は茶髪に黒いパーカーを羽織り、もう片方は金髪に赤いメッシュの入った髪が特徴的な少女だ。

「えりりん、アカネはどうしたらいいの?」

「紅音は……」

 恵吏はポケットから取り出したスタンガンで紅音を気絶させる。

「ごめん。こっから先は私が一人でやる。」

気絶した紅音の体を路地裏の壁にもたれ掛けさせた恵吏は路地裏の奥、研究所の方向に消えた。


統一暦499年8月1日午後9時

「朝倉博士、そんなに隅に立っていないでもっと飲みなされ。なんと言っても今回のパーティーの主役はあなた方研究者ですからな。」

「……私はまだそんなに大それたことをしたわけではない。」

「全く、ネットワークに関する様々な論文、それにとどまらず脳科学分野の権威でもあり、極めつけにはACARIを開発したという実績がありながらそれでは、博士の仰る『大それたこと』とはどれほど偉大なことなんでしょうな。」

「私の目標はこんな小さなものではないんだ。」


統一暦499年8月1日午後9時18分

 恵吏は無人の研究所の廊下を、まるで忍者かのように走っていた。

 数百年前の研究所という施設には、常に監視が必要な実験などのために研究者が常に番を張っている必要があった。しかし、今ではネットワークを通して全ての実験を遠隔で操作できるため、本当に人が居なくてはいけないものでなければ人は来ない。それ以外のほとんどの時間はこうして無人状態、というわけだ。

 恵吏が事前に手に入れた研究所内の見取り図によれば、研究所の地下に電力は供給されているが実験設備のない一角がある。一番怪しいのはそこだ。

 しかし入り口などそう簡単に置いてあるわけなどない。しかし、見取り図をよく見ると研究室の地下に不自然な空洞があるのが分かる。

 恵吏が向かった先は「神経ネットワークシステム研究室」だった。

 そこには脳波を読み取る機械なのであろう、たくさんのチップの入った箱が無造作に置かれている。ロボットが置いていないことと併せて考えると、人間の脳波を調べるにあたって相手をするのは人間のほうが都合がいいのだろう。

 恵吏は研究室の一角の雑貨置き場と化した棚に目をつけた。最近掃除をしたようで研究室の床は綺麗だったが、その棚と床の境目だけはたくさんの埃があり不自然だった。まるで十年は掃除をしていないかのようだった。

「ふんっ……はあ。」

 全力で棚を動かす。顔が真っ赤になる。

 8月の午後9時だから、気温は25度くらいに設定されているはずだ。気温コントローラで今すぐにでも氷点下にしてもらいたいものだ。汗だくの恵吏はそんなことを思いながらも繰り返し棚を押す。少しずつ棚は動き、そして、その下にある埃まみれの床があらわになった。

 床は四角く切り取られ、蝶番が付いていて開くことができた。その下には細長い縦長の空間と、梯子が続いていた。

 一段一段、梯子を降りる。

 太い金属の管をそのまま地下に埋め込んだような縦穴を数十メートル降りた先には、少し錆びた扉があった。見取り図と合わせると、この先があの地下空間だ。ゆっくりと、錆びついた重い扉を開ける。

 その先は小さな部屋だった。壁は鉄骨が剥き出しで、しかし、部屋の中央部に安置されている、人が一人入るくらいの大きさの縦長の金属容器の周りはとても綺麗だった。その綺麗さが、何者も寄せ付けないといった雰囲気を醸し出している。

 その容器に一歩一歩近づき覗き込むと、液体に満たされたその中には人が入っていた。

あかり……!」

 そこには、ネットワークの全てを司るAI、ACARIにそっくりな、胸以外は高校生くらいの年齢に見える白髪の少女が入っていた。

 意外にも、蓋は簡単に開いた。特に警報が鳴ることもなかった。

 恵吏は両手を伸ばし、少女の体を液体の中から抱き上げる。

 少女の四肢はだらりと垂れ、生きている気配がない。しかし、肋骨はゆっくりと上下しているし、平らな胸からは心音が聞こえる。

「やっぱり魂はない……のか。」


統一暦499年8月1日午後9時23分

 朝倉あきらの持っていた携帯端末に一つの通知が届いた。

「これは……まずいな。」

「朝倉博士、何かあったんですか?」

「ええ、急がなければ……。」

 輝はパーティー会場から小走りに出ていく。

「……全く、忙しいお方だ。」

 輝は駐車場に停めてある黒い高級車に乗る。これは17年以上前から乗っている愛車である。妻との新婚旅行のときも、この車だった。それから、この車は数多の出来事を経験してきた。自宅で灯を産み落としたあと、突然容体が急変した妻を病院に運んだのもこの車だったし、妻の最期を看取ったのもここだった。

 そんなことを思い出してしまう車を、それらを振り切るように急発進させる。

 高速で走る車の中で輝は呟く。

「ACARIの自衛機構が作動しない……だと?」


統一暦499年8月1日午後9時35分

 美しい白髪で、それと同じくらい色白な肌――と綺麗なピンクの乳首――を一糸纏わず晒している少女の身体を抱えた恵吏は人体調整室に入る。

 その部屋には人の脳にプログラムを施すための設備がある培養器があった。

 恵吏はその培養器に白髪の少女をそっと入れ、頭部にいくつもの電極を取り付ける。そして、パーカーのポケットから取り出した端末を開き、自作のプログラムの起動画面を開く。灯を救うと決めたその時から計画していたものだ。神にでも祈るような気持ちで成功を信じながら、起動する。

 プログラムはうまく働いた。世界中に繋がるネットワークの全てを支配し、それによって莫大な並列演算能力を持つAIは、その瞬間演算能力のほとんどを喪失した。

 恵吏は急いで端末を培養器に接続すると、培養器の付属装置に入力プログラムを走らせる。


統一暦499年8月1日午後9時30分

 朝倉輝は車を最高速で走らせ、研究所に辿り着く。駐車場に適当に車を乗り捨てると、輝はまっすぐに神経ネットワークシステム研究室に向かう。

 その研究所は配線を優先し動線を無視した、複雑な造りになっていた。神経ネットワークシステム研究室のメンバーはその実験の都合上人体調整室をよく使うので、神経ネットワークシステム研究室が入り口付近にあるのに人体調整室が研究所の奥にあることに不満を持っていた。そのため、いくつかあるルートのうち最短の道を選んでも、3分ほどかかってしまった。

 ようやく神経ネットワーク研究室に入った輝は、部屋の片隅のにある雑多なものが詰め込まれた棚に目を向ける。棚を寄せると、その下の埃が不自然に散らばっていることに気づく。

 飛び降りるようにして地下の自分しか知らないはずの朝倉灯の肉体を保存するためだけに用意した部屋に向かうが、そこには空の肉体保護容器だけがあった。


統一暦499年8月1日午後9時37分

 莫大な量のデータを入力するのに培養器の付属装置は手間取っていた。

「早く……早く……ッ!」

 そう呟きながら恵吏は腕を組んでプログラムの進捗画面を見つめる。


統一暦499年8月1日午後9時37分

 朝倉輝は監視カメラのデータにアクセスし、神経ネットワーク研究室から出て行った人物を調べた。1分ほどでその人物は割り出せた。黒い袋を担いで走って研究所の外に向かう大柄な男の影だった。

 しかし、朝倉輝は外へは向かわなかった。

「この映像フェイクじゃないか?」

 灯の肉体だけを奪っても、肉体保護容器の外に出た中身のない肉体は、そう長く持たない。そのため、犯人は肉体に対し何かしらの処理を施そうとするはずだ。であれば、この近辺でそのような高度な操作が可能なのは、他でもないこの研究所しかないのだ。

 犯人は、ここに居る。


統一暦499年8月1日午後9時38分

 紅音は野良猫に頰を舐められ目を覚ました。

「あ……れ?えりりん……は?」

 逃げようとする野良猫の尻尾を掴んで強引に抱き寄せ、ぬいぐるみのように抱えて路地裏から外に出る。

 そこから見えた大きな研究所を見て紅音のぼんやりしていた意識がはっきりと覚醒する。

「そうだ……。えりりんは一人でやるって……!」

 紅音は研究所に向かって走り出した。


統一暦499年8月1日午後9時40分

 恵吏の見つめる進捗表示画面はついに100%を示した。

「灯!」

 恵吏は灯の体を培養器から引きずり出す。頭部に付いた電極が外れる。

 灯は弱々しく呻く。

「……あ……あう……うう……」

 綺麗な碧眼の瞳を少しだけ開く。

 恵吏は呟く。

「まだ肉体に慣れてないのか……」


統一歴499年8月1日午後9時40分

 朝倉輝は人体調整室に向かって走っていた。

「犯人がまだここに居るなら、あそこしか、ありえない!」


統一暦499年8月1日午後9時41分

 聞こえてくる足音を聞いて恵吏は呟く。

「もう誰か来た?足止めのダミー情報はもうバレたの?……1人と言えども見つかったらまずいことには変わりない。急がないと。」

 恵吏は灯を抱え走り出そうとするが、一糸纏わぬ灯を見て少し顔を赤らめると、自分の着ていたパーカーを被せる。そして、恵吏は研究所の外へ向かって走り出した。


統一暦499年8月1日午後9時43分

 「畜生……!」

 いつでも白衣を着込んでいる研究者、朝倉輝はようやく人体調整室に辿り着く。

 扉の開け放された人体調整室の中には何かに使われた痕跡のある培養器がある。輝は携帯端末を培養器に接続し、残されたデータを調べる。しかし使用履歴などのデータは全て消去されていた。

 輝は額の汗を拭いながら呟く。

「まあ、いいだろう。いずれ起きるべくして起きたことだ。」


統一暦499年8月1日午後9時48分

 恵吏は研究所内を走り抜け、駐車場に出た。

 突然、目が眩むほどの光が恵吏を包み、思わず目を瞑った。

 直後、声が聞こえた。

「えりりん、早く乗って!」

 恵吏は少しずつ目を開く。光は黒い高級車のヘッドライトで、声の主である車の運転手は紅音だった。

「紅音?あんた運転免許持ってたっけ。」

「細かいことはいーから、逃げるぞー!」

 恵吏と紅音、そして灯を乗せた車は夜の街を走り出した。


統一暦499年8月1日午後10時12分

 紅音は人口密集地帯を抜けた未開発エリアまで行くと、路肩に車を寄せる。

 助手席の恵吏が聞く。

「ところでこの車、どこから持ってきたの?」

「駐車場に乗り捨ててあったからちょっと借りた。」

「借りたって、泥棒じゃん!」

「いいじゃんいいじゃん、捕まったら危なかったんだから。」

「めちゃくちゃ高そうだよこの車……。」

「ところで、これからどーするの?」

「とりあえず灯をどうにかしないとね。」

 車の後部座席に乗せてある灯は眠っていた。恵吏の推測では、灯の脳は既にネットワークと接続されている。ACARIの演算能力は元通りに戻っているはずだ。端末からACARIに接続しても以前との変化は感じられない。計画は今のところ成功しているように見える。

 紅音は片手で抱きしめている野良猫の頭を撫でながら目を細めて灯の顔を見る。

「これが、えりりんが助けたかったもの……」

 恵吏は灯の頰を撫でながら呟く。

「ついに、ようやく、会えた。」

 10年近くの時を経て、ようやく友達と再会した少女の目には、安堵と喜びの涙が浮かんでいた。


 このとき、恵吏は信じていたのだ。これは始まりの始まりなのだと。

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