彼女が始まった日
統一暦488年
これはネットワークを支配するAIであるACARIが誕生するまでの真実である。
「あかりちゃん、いっしょにあそぼ?」
「うん!」
佐藤
そんな恵吏の唯一の友達が、孤児院の近くに住んでいた
「えりちゃん、きょうはなにしてあそぶ?」
「じゃあ、おにごっこ!わたしがおにだよ!」
「いきなりはじめるのはずるいよー!」
朝倉灯の父親、朝倉
また、灯の母親は人工で妊娠、出産までできるこの時代に自然分娩を選択し、もともと病弱だったこともあってか、その時の身体への負担で出産直後に死亡していた。そのため、灯はほとんど孤児のような境遇だったことも恵吏と仲良くなった理由かもしれない。
妻が死んだストレスかまだ若いのに白髪の多い白衣の研究者、朝倉輝は窓の外で遊ぶ娘を見ながら電話をしていた。
「ああ。問題を解決する方法を考えたんだ。」
『しかし、お前のやってるAIに対する全権限委託案だと自律成長機能と想像力による臨機応変さに欠けるAIには無理なんじゃなかったのか?』
「それはあくまでも現在普及しているAIの話だ。全く新しいAIの構想ができた。人間と同じように自律成長し想像力も持ったやつだ。これなら不測の事態にも臨機応変に対応する能力がある。」
『ほんとか?AIにはものを想像する機能は絶対に付けられないって前提が大きく覆ることになるぞ?』
「全く別の仕組みにしてそれを解決した。」
『は?それが本当ならノーベル賞ものだぞ?』
「深く詮索するな。」
『……分かった。』
電話が切断された。
翌日、灯は輝と研究所に向かった。
初めて父親の職場に連れて行ってもらえるからか、灯は上機嫌だった。
研究所に向かう輝の運転する車の中で灯はこう尋ねた。
「なんでわたしをつれていくの?」
「……秘密だ。」
しばらくして車は研究所に到着する。データ解析や簡単な実験なら遠隔でも可能なので研究所にはほとんど人がいない。
灯は研究所の一角の小さな部屋に連れて行かれる。そこには必要最低限のパーツだけからなるベッドがあった。
「そこに寝なさい。」
輝が命令する。
「……はい。」
灯は言われた通りに固いベッドの上で体を横にする。輝が灯の頭にたくさんの電極を貼り付ける。
「そのまま待っていろ。」
灯は壁に掛けられた時計に目をやる。時刻は午前9時45分。灯はあることを思い出す。
「ねえおとうさん、10じにえりちゃんとあそぶやくそくをしてるんだけど……」
「駄目だ。」
輝は複雑な機械類と太いケーブルで繋がるコンピューターを操作しながら即答した。
灯は呟く。
「約束に間に合うかな……。」
輝が最後の入力を終えた。すると、灯は急激に意識が薄れていくのを感じた。体との繋がりの感覚がなくなる。
「おと……さん?」
輝は反応しない。
「わ……たし…………どうなる……の?」
輝は答えない。
視覚が消えた。それを皮切りに触覚、聴覚、味覚、嗅覚が消える。
気がつくと、灯の意識は何もない場所に浮かんでいた。外界との接続が一切存在しない空間だった。
(私……誰?ここ……どこ?)
不意に遠くに光るものを感じる。なぜだか分からないがその向こうには広い世界が広がっている感覚がした。光に向かって吸い寄せられる。光の向こうに入ると同時に洪水のように記憶が押し寄せる。
(そうだ、私はACARI。このネットワークを司るAI、ACARI。)
ある日突然、恵吏が灯の家に行っても灯は出てきてくれなくなった。ずっと灯の家の玄関前で座って待っていると誰かが帰ってきた。
「あかりちゃん?」
しかし、それは灯ではなかった。そこに立っていたのは朝倉輝であった。輝は静かに告げる。
「灯は死んだ。どうか私をそっとしておいてくれ。」
バタン、と音を立てて玄関のドアは閉められた。
恵吏は自分を納得させるように呟く。
「しんだ……、の?」
一ヶ月後。恵吏は自分を含め数人が暮らす孤児院の共同寝室の窓際でぼんやりと外を眺めていた。
突然、付けっ放しにしていたテレビが緊急速報のベルを鳴らす。恵吏は驚きテレビを見る。
合成音声が速報の内容を繰り返し伝える。
「開発が続けられていたネットワークの管理者となるAIが完成しました。名前は、ACARIです。」
そして映し出されたのは友達の朝倉灯にそっくりな、しかし見た目の年齢は灯よりずっと年上の15、6歳くらいの少女の3Dモデルだった。
「あかり……ちゃん?」
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