前夜
統一暦499年7月31日午前11時55分
日本エリアのある地区の高校の授業である。
「現在我々の住んでいるこの星は、基本的に統括政府の元に統治されています。しかしですね、民族、宗教、その他様々な違いのある人類を一つにまとめるというのは、想像を絶する大変なものでした。それでは、教科書52ページに移動してください。」
佐藤
「全人類を一括して統治する。この目的のために開発されたのが、我々が現在つかっているネットワークですね。しかし、これにはある欠点が存在しました。それは一体なんでしょう。……えー、恵吏さん、答えられますか?」
「……あ、はい、えーと……」
急いで端末を操作し、教科書の該当する部分を読み上げる。
「管理権限を持った人間がネットワークを通じて全人類の個人情報を知ることができてしまう。」
「はい、そうです。」
合っていたようでとりあえずほっとする。
「要するにプライバシーの問題ですね。そこでプライバシー問題を解決するために開発されたのが、ネットワーク管理権限を一つのAIに任せ、その他のどんなものにも権限を持つことを許可しない。とこういうものです。このAIというのが、」
恵吏はマイクが拾えないほどの小さな声で呟く。
「
「Autonomous Computing Artificial Intelligence、日本語に直訳すると自動演算人工知能、といったところでしょうか。皆さんの知っている人工知能のACARIです。」
恵吏の部屋の端末の画面の中の教壇に立つ教師は、空中に「A C A R I」と大きな文字列を投影する。
「この以前のネットワークは、長らく――統一歴元年のネットワーク稼働以来、人の手で管理されていました。当時の人工知能では、どこまで進歩しても機械的な判断の域を抜け出しきれず、臨機応変な対応に欠けるとされていたためです。」
ACARIと過去のAIを対比する表が映し出される。
「このように、違いを押さえて説明できるようにしておきましょう。」
統一暦499年7月31日午後0時35分
4時限目の現代社会の授業が終わり、各々が接続を切り替えてクラスのメンバーが登録されたチャンネルで友達と会話しながらの昼食に入る。
今から数百年前以降、人類はあらゆる行動をオンラインで済ませられるようになった。それにより、学校という物理的な場所は必要なくなり、生徒同士が実際に顔を合わせるのは卒業式や入学式といった行事だけになった。そうでない時は、近場に住んでいる友達と会って遊んだり、このようにオンラインで会話しているわけだ。
「えりりんは何ボーッとしてんの?なんかあったら相談乗るよ〜。」
少しふざけた調子で恵吏に話しかけるこの金髪に赤いメッシュを入れた目の赤い女は
「……何でもない。そういえば、長いことその髪染めなおしてない……っていうか、今年に入ってからまだ染め直してないんじゃない?」
「いいの!アカネはこの色が気に入ったから。」
「……怪しい。半年に一回は『飽きた』とか言って髪染めてる紅音なのに、前に染めてから八か月くらい経つのに染めないなんて……。もしかして、恋人とか?」
「ち、ちち違うもん!そんなんじゃないもん!」
恵吏は呟く。
「紅音だけはずっと明るいとこに居てほしいな。」
「ん?えりりんなんか言った?」
「ううん、なんでもない。」
統一暦499年7月31日午後5時00分
その日の放課後、恵吏は一人暮らしのマンションの一室から消えた。その事実に1番最初に気付いたのは赤坂紅音だった。
紅音は突然、恵吏のことが無性に心配に思えてきた。と言ってもつい一時間ほど前までオンラインで繋がっていたのだからそんなに心配することはない、と自分に言い聞かせはするのだが、それでもなぜだか判らないのに恵吏に何かが起きたのではないかいや、これから何か大きなことが動き出すのではないかと胸騒ぎがする。
「ACARI、恵吏に電話かけて。」
『承知しました。』
デバイスから合成音声とはとても思えない少女の声が聞こえると、電話の呼び出し音が鳴り始める。しかし、いくら待っても繋がる気配がない。
紅音はすぐに家を飛び出した。
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