露店

真楽実弦

露店

その露店は表の通りから少し脇道に沿っていた場所にある。


乾いた土の上にござを引いて、その上に並んだ売り物が売れるのを、無愛想な店主が安具楽あぐらをかいて待っている。


それで物が売れるのか、と思うかも知れないが、これが意外にも売れる。


現に今も一人の青年が、背中で両手を組みながら座り、店の前でじっくりと顔を近づけて売り物を眺めている。



背は高くも低くもない。

やつれ、痩せてはいたが病気を患っている様には見えない。

格好は酷い襤褸だが、ここではそう珍しい格好でもない。

表情は険しく、への字に曲げた口を崩さない。だが時折、横目で以てこちらと、あちらの隅で煙草を吸う男らを一瞥するのである。


おかしな所は無いが、店主は取り敢えず、青年がそのまま走り去る事を警戒して、青年をじっと視線を合わせ続ける。

そのうちに、煙草を吸っていた男らは何処かに去っていき、一帯は店主と青年だけの空間である。


それに呼応するかの如く、青年はおもむろに顔を売り物から遠ざけ、立ち上がる。

そして背中で組んでいた両腕を解き、ナイフが握られた右手を現す。


「金と売り物全部よこしな。そうすれば怪我せずに済む」


店主を睨みつけ、青年は右手の凶器をまっすぐ突きだす素振りを見せる。

そうしながら左の手でズタ袋を店主に押し付ける。


店主はため息を一つ吐くと、売上と並んだ売り物を渡された袋に入れる。

膨れ上がった袋を差し出し、青年は引ったくると、


「ついでに服も貰おうか」


と余裕の笑みを浮かべて言う。


これには店主も眉をひそめたが、渋々立ち上がると上着を脱ぐ。


青年に手渡すと同時に店主は、


「いいのか。今ならまだ引き返せるぞ」


と問いかける。


途端に青年は激高し、ズタ袋を放り出して店主の胸ぐらを掴み、喉元にナイフの切っ先を当てる。


「お前なんかに俺に気持ちが分かってたまるか!親にも友人にも見捨てられた俺の気持ちが!クソッタレが!どいつもこいつも俺をバカにしやがって!」


大声で怒鳴り、店主を殴る。

倒れてうずくまる店主を、青年は見下ろす。

痛くて顔が上げられないが、それでも店主には青年がどんな顔をしているのか容易に把握できる。


「俺は他人にされた事を仕返しているだけだ。文句を言われる筋合いはない。こうする他には生きる道がないから仕方のない」


最後に台詞を吐き捨て、青年は振り替えり、ズタ袋を拾い上げて、ついさっき奪った服を詰め込む。

だが中身はギッシリと詰まっており、なかなか上手い具合に入らない。


地面に這いつくばってみじめな姿の店主だが、そんな青年の後ろ姿を見ると、自分の事よりも、なんとも彼が哀れに思えてくる。


「なぁ、おい」


店主は倒れたまま呼びかける。

青年は、何のようだ、と言わんばかりにこちらを睨みつける。


店主は言う。


「お前に俺の気持ちが分かるか?稼ぎが失くなれば妻と子供を失う俺の気持ちが」


そして意地悪い笑みをニヤリと浮かべる。


その嗤いは青年の自尊心を傷つけるのに非常に適した形をしている。


青年は再び袋を乱暴に捨て、右手にナイフの刃を輝かせながら店主に近づく。


観念したかのように店主は目を閉じた。




そして


鈍い音


男の悲鳴がこだまする



「大丈夫ですか」



不意に聞こえてきた声に店主は目を開くと、一人の男がこちらを覗き込んでいる。


よく見て、思い出してみると先ほどまで煙草を吸っていた男の一人である。


「大丈夫ですか」ともう一度聞かれたので端的に「あぁ」と答える。


「大声が聞こえて来てみましたが、無事なら良かった」


「さっきの悲鳴は……?」


「連れがちょっと激しめにやっちゃったみたいで」


そう言うと男は店主に肩を貸し、立ち上がらせる。


目と鼻の先に男が二人、その間には、さっきの青年がトカゲの死体のように倒れている。


「もう少し遅れてたら逃がす所だったよ」


胸を撫で下ろす風に一人がそう言い、もう一人はズタ袋を拾い上げて店主に渡す。


店主はその中の幾らかを彼らに渡した。


そして「それじゃあ」と男たちは青年を担いで去っていく。交番まで連れていくらしい。


店主も売り物を並べて再び仕事を始める。



暫くして、ふと、あの青年がどうなるか気になったが、誰にも知り得ない事である。


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露店 真楽実弦 @rr-life

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