第9話 わたしの手に入れたもの


 沙希が自身の決心を語ってから、一週間と三日後。


 沙希は大学病院に転院する前準備で、綺麗な黒髪をばっさりと切り落とした。


「なんか、落ち着かない」って、苦笑いを浮かべていた。


「失恋したみたいだ」と口にしたら問答無用でみかんを投げつけられた。


「なんでそんなデリカシーないこと言うのっ!」

 涙を浮かべながら沙希の手はするりと、棚の上の本に伸びていく。ミヒャエル・エンデ著の『はてしない物語』だった。


 やめろ。その本の厚さは危険。


 必死になって手をぱたぱたと振る。「違うって。いや、だから冗談だから」と弁護をまくしたてる。機嫌は直らなかったけれど。本は空を飛ばなかった。


 怒っているような、悲しんでいるような声を沙希は僕にぶつける。


「月都は乙女心を分かってない!」

「はあ」

「そんなんじゃ恋愛小説書けないよ」

「ええ」


 そんなふうに小一時間ほど機嫌が直らなかったりする日もあったけれど、僕らはそれでも残された時間を大切に、精一杯過ごしていた。


 

 そして、やがて沙希の転院の日がやってきた。

 完成した原稿を退院の日に見せる、そう約束をして。



 二人は、二人じゃなくなった。

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