第6話 願い


 三〇七号病室に足を運ぶと、僕は引き戸をノックもせずにがらりと開いた。


 いつものようにベッドの上で上半身を起こしている彼女に、先程、依子さんから聞いた話を訊ねると、水嶋さんはゆっくりと口を開いた。


「心臓がね、良くないの」

 左手を胸の位置に添えて、水嶋さんはそんな告白をする。


「手術をすれば助かるかもしれないんだけど、成功する確率は低くて。このままだと、そんなに長くないんだって」


 黙っててごめんね、と水嶋さんは消えそうな声で言う。


 心から、すっと熱が奪われていく気配があった。視界も聴覚もなんだか作り物みたいに感じて、意識がどこか遠くに投げ出されてしまったようだった。どうして今まで言ってくれなかったんだ、なんて言葉もふつふつと浮かび上がってくるそれ以外のものに埋もれていく。そんなに大した病気ではないのだと、僕はどうして思い込んでいたのだろう。なんの根拠も、そこにはないのに。


 かわいた唇を、どうにか動かす。


「……だから、手術するって? だって、成功率が低いって今」


 話を聞いた限りだと、その生きるための手術はとても難しいものらしい。もしかしたら、成功するかもしれないというくらいの、希望を抱くには無理がある手術。


 でも、水嶋さんは僕の投げかけた言葉に頷く。


「もう、決めたことだから」


 覚悟のこもった、未来を見つめる響きだった。だから、僕はなにも言えなくなる。必死に弱い心を飲み込むしかなくなる。手をぎゅっと握り締める。声が空気を震わせた。


「……わたしの夢、聞いてくれる?」


 水嶋さんは微笑む。いつか見た時のような悲しみをにじませた笑顔。


「学校に通って、友達を作ってね」


 水嶋さんは、ゆっくりと想いを並べていく。


「授業に退屈を覚えて、でも放課後になると少し元気になって」


 楽しそうに、無邪気に語る。


「ある日、好きな人が出来て、でも告白する勇気がなくて、前へと進めなくて、いつか想いが届いて、泣きたくなるくらい嬉しい時間をたくさん好きな人と過ごして」


 気付いたら彼女は、ほんのりと涙を浮かべていた。


「そんな、普通の人生を送りたい。好きな人と手を繋いで未来を歩いていきたい」


 水嶋さんは言う。


「わたしの夢、応援してくれる? 叶えるのが難しい未来だけど、一緒に信じてくれる?」


 すがるような声だった。見えない未来に押し潰されそうになりながら、それでもひたむきに水嶋さんは前を見つめている。


 固く握り締めていた手を開いて、口を開く。


「信じるよ」


 水嶋さんは柔らかく声を紡ぐ。「ありがとう」そして。「ひとつ、お願いしてもいい?」水嶋さんはそう口にした。


 僕の顔を見て、ほんの少しうつむいて、唇を動かす。


「沙希って呼んで。わたしも下の名前で、月都つきとって呼ぶから。……そうしたら、頑張れるから」


 水嶋――沙希は僕に、そう言った。

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