第5話 無垢。信じていたもの
心のどこかで、僕は楽観していた。
いつものように水嶋さんの病室を目指して車輪を走らせていると、その途中で依子さんに逢った。
「沙希ちゃんから聞いたよ。昨日、励ましてあげたらしいね」
僕に向けられたその言葉に、「ん?」と僕は停止する。
昨日? なんのことだろう、と考え出すと、
「そう願うからそうする、とか言ってたけど?」と依子さんは言った。
「ああ」あのこと、か。別に励ましたつもりはなかったんだけど。それとも、なにかに悩んでたんだろうか。と思考が進んで、はたと気付く。沙希ちゃんから聞いたって。……言ったのか? よりにもよって依子さんに?
サーと血の気が失せた。
振り返れば、昨日はだいぶ恥ずかしい台詞を口にしていた気がする。
この人の性格を考えると、一生ネタにされるんじゃないだろうか。と、そんなことを考えていたのだけれど「ありがとう、って言ってたよ。おかげで勇気が持てたって」と依子さんは、水嶋さんの言葉を僕に伝えたかっただけらしい。
「ここからが大変なんだけれどね」
と思案顔で依子さんは言う。
「大変?」
なにかあるんだろうか。そう思い、訊ねると、
「だから」依子さんは表情を曇らせる。
「沙希ちゃんの手術のことだよ」
それは本当に微かな、かすれたような響きだった。
……手術? 誰が? 水嶋さん、が?
呆然と僕がなにも反応出来ないでいると、依子さんは怪訝な顔を僕に向けた。
「もしかして、知らなかったの?」
不安そうに訊ねる依子さんに、僕はなにも言えなかった。
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