第2話

気が強そうな面構えだ。

眉間にシワをよく寄せるのか、癖になっていた。

今もムスっとした顔をしている。

俺は眉間を指で突いた。

嫌だっていうように顔を背けられる。

逃げきれないのに無駄なことを。

腕の中のガキを引き寄せる。

風呂に浸かるのを嫌がったので、俺の足の間に挟んで拘束している。

なんでか俺にくっついてると落ちつくらしく、ぴたっと背中を胸に押し付けらている。

ただ油断すると勝手に出ようとするので、今も犬耳ぴぴっと動かし逃走を謀り、俺の両腕に囚われる。

いい加減学べ。


「で、なんで俺の家に入った」

「……べつに、どこでも、よかった」

「だろうな。そのお陰で家の窓が割れてんだけど」


唇を突き出しなぜかガキが拗ね始める。


「だって…いくとこねーんだからしょーがねぇじゃねぇか」


顔を両手で覆う。

また泣いている。

よく泣くガキだ。


「なんで行くとこねぇんだよ。獣人は群れで暮らすんだろ?…両親が居なくても親戚とかで集団で」

「…おやじはいる」

「じゃあ明日かえっ」

「いやだっいやだっっ」


帰れ、そう言おうとした瞬間豹変された。

浴槽の中で暴れたガキが、俺の腰に足を絡め両腕を首に回し、しっかり抱き付く。


「おい」

「いやだっおやじのとこはいやだっ」

「だけど、お前、どーすんだよ」


父親の元へ帰りたくないのは、きっと暴力を振るわれているからだろう。

恫喝や大きな音、上げた腕やシャワーに、ガキは過分に反応した。

それらを使われガキは親父に虐められ、尻尾も千切られてしまった。

で、耐えきれず逃げ出した。

ってとこなんだろ。

ひでぇ親父も居るもんだが。


「…まさか俺に助けてほしいとか、言う?」


優しい主人公が登場する物語だったら、助けてと言われなくても助けるだろう。

侵入者を蹴ったり踏んだりもしないだろう。

でも俺は、そんなお優しい世界の住人じゃない。


「っ…っ…うぅ…」


それを理解する賢さはあるのか。

助けてとは、言わない。

唇を噛み締めている。

分かっているのか。

自分の立場を。

抜け出せない蟻地獄に、生きているのだと。


震え、怯え、泣くしか、出来ない、か。

そうか。

うーん。

でも、まあ、そうだな。


「…お前がヤらせてくれんなら、家で飼ってやってもいいよ」


獣人をそういう風に扱うのは、金持ちのステイタスだ。

人間をそういう風に扱うのも、金持ちのステイタスだ。

だからまぁ、そんなに常識はずれな提案ではない。

状況がこのガキにとって最悪なだけで。

選ばせてる。

親父のとこに帰るか、侵入罪で捕まるか、最悪な提案をする俺の物になるか。

青と緑が混ざった眼が俺を見る。

気が本当に強そうだ。

やんちゃで暴れん坊、が本性なんだって顔に書いてある。

でも今は、べそかいて情けなく鼻すすって、真っ赤にしてる。

そろそろ風呂出るか。


「…か、って」

「あ?」

「かって、くださぃ…おねがいします…」


よっぽど親父が嫌なんだろう。

男に飼われるほうがましだなんて。

必死な願いが、浴室によく響く。


ガキを抱っこして、俺はよいしょと立ち上がる。

俺を選択したことを、後悔させないように、しないとな。


「じゃあ、さっそくヤっていい?」

「っ…うっ…ん…」


裸で抱き合ってそんなことを男に言われたのに、ガキはなんでか俺にしがみつく手足に力を込める。

そしてコクリと頷いて、俺の肩に顔を埋めた。


…くそ、なんだこいつ。

こんなん、あれだろ。

あーもう…。


俺は濡れた身体のまま、二階の寝室へ向かった。

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