角と淫雨と鬱金色

狐照

第1話

雨がざんざこ降っていた。

持ってきたはずの傘が、どうしようもない位汚いビニール傘に退化していた。

本当に、どうしようもない連中ばっかりだ。

溜息を一応吐いて気を紛らわせ、どうせ一晩中降る雨の中、俺は歩き出した。


傘は、穴も開いてるし妙な匂いもした。

ずっと降っているから排水不全、小川のような水たまりが道路に出来上がってた。

靴の中も膝も濡れて、顔の周りは臭い。

不愉快な気分のまま家に辿り着く。


顔以外濡れてしまったので、玄関で服を脱ぐことにした。

ここで脱いで浴室直行しよう、そう思った時だった。

リビングの方から、妙な音が聞こえた。

なにか、居る。

俺が帰って来たことを察し、隠れるか逃げるかを選択している。

俺はその選択時間を与えまいと、靴を履いたままリビングへ飛び込んだ。


「あ?」


目の前の光景に怒りを覚えた。

リビングの窓が割られていたからだ。

石が、割れたガラスと共に床に転がっている。

俺はその光景を目に焼き付けてから、背後を睨みつけた。


びくりと怯える気配が目の端に。

俺は躊躇わず、見つけたそれに蹴りを食らわせた。


「ぐうっっ!」


思っていたより若い呻き声が聞こえる。

だとしても俺は行動を止めず、床に倒れた人間の背中を踏みつけた。

生意気に暴れやがる。


「おいコラクソがっ!」


そして殺気を込めて恫喝する。

ビクンっと足の下で身体が跳ねる。

力強く踏み込むと、暴れていたそれが止まり「うっぅぅぅ…」苦しそうに呻かれる。

俺は屈んで頭を三度強く叩いた。

その度にひぃひぃ言って、ついには泣き始める。


「泣いてんじゃねぇよクソがっ…あ?お前、ガキかよ…めんどくせぇな…」


スマホでリビングの明かりをつけると、侵入者がガキだと判明した。

どおりで情けなく泣くわけだ。

だとしても、分別のつく歳に違いはない。


俺は足を離した瞬間、逆らうなよと念押しの蹴りを脇腹に入れた。

痛かったのか、ガキは蹲ってしまった。


さて、どうするか。


「おい、顔上げろ」


手短な椅子に座り命じると、ガキがよたよた身を起こした。

聞き分けが良くて結構だ。


「…?お前…ああ…獣人か…この辺じゃ珍しいな」

「…っ…」


立ち上がったガキは、その年頃の男子より背も高く体躯が良かった。

短く切った髪は随分汚れているが、金髪にも見える茶色。

泣いてる瞳は緑と青が混ざっている。

俺が獣人と判断したのは、耳が犬耳だからだ。

でもさっき踏んだ時、尻尾は無かったような気がする。


「獣人だろーと、人の家に勝手に入ったらどーなるかは、分かってんだよな?」


分かっているはずなのに、ガキはまだ泣いて自分を抱き締めていた。

なんか、俺がめちゃくちゃ悪いみてーじゃねぇか。


「おい、人の話聞けっ!」

「っっっ!!!」


怒鳴りつけた途端、ガキはしゃがみ込んでしまった。

まるで自分以外全部怖いって、怯えてるようだった。

顔を両手で覆い隠し、震えている。

よく見ると全身ずぶ濡れで、黒い服も泥だらけ、全体的に汚ねぇ。

丈夫な素足で雨の中歩いてきたのだろう。

そんで、なんで、俺の家なんだよ。


「はぁ…仕方ねぇなぁ…」


いつまで経ってもしゃがみ込んだままなので、俺は面倒くさくなった。

俺は面倒くさいのがメンドクサイ。


「もういい、ほら、立て」

「っっ!!」


腕をつかんで無理矢理立たせる。

ガキが驚愕の表情を浮かべ俺を見上げた。

縋るような怯えるような顔だった。

構わず、俺は玄関へ向かった。


「うっ…っっ」


こっちへは行きたくない、と足を止め抵抗してくるが、俺は引っ張って無視し続けた。


「ほら、入れ」

「…ぁ…」


俺は浴室にガキをぶち込んで、自分の服に手を掛けた。

めちゃくちゃ脱ぎにくい。

濡れてたこと忘れてた。

風邪引いたらどーしてくれんだこのクソガキ。

靴を乱暴に脱ぎ捨て、服を洗濯機に投げ込んだ。


浴室に現れた裸の俺に驚いたクソガキが、逃げるように隅へ身を縮める。

何をされるのか警戒しているようだが、俺に何をされても文句言えない立場なの忘れんな。

シャワーを出して湯になるのを待つ。

ひって、聞こえた。

いや、本当に俺が悪人なのか?

ムカついてきたので、水でもぶっかけてやろうかと振り返る。

びくってしてから、ガタガタ震えていた。

なんとはなしに右手を上げる。

両目を瞑って小さくなろうとする。


「わっ」

「ひっ」


大きな声を出したら飛び上がりしゃがみ込む。

そして、泣いている。


俺は暖かくなったシャワーを、ガキにかけた。

顔にかけたのはわざとだ。

少しくらい留意を下げたかったからだ。


「わっぷ」

「ほら、立て」


顔にかけたまま引っ張ると、よたよた立って転びかける。

怪我をされても面倒くさいので受け止め、シャワーをフックに引っ掛けた。


「ほら、ちゃんとしろ」

「んぅ…ま…みず…こええ…」

「あ?うるせぇっ」


濡れることを嫌がり始めたので、俺は腕を掴んだまま服を脱がした。

真黒だと思ってたシャツは汚れてただけで、ズボンもパンツも同様で、汚水が流れ出しておえってなった。

蹴って隅っこに寄せておこ。


「汚れてんだよ」

「みず、こええよぉ」

「泣くな、めんどい」

「うっぐすっ」


軽く怒鳴ると、ガキが俺にしがみついてきた。


「おい」

「みずぅこえぇよぉっ」

「だから…あーめんどいっ」


ぐすぐす泣いて言ことを聞かないので、俺はシャワーを止め浴槽に湯を溜める選択をした。


「溜まるまで身体を洗う。言うこと聞けっ」

「…んっ…」


シャワーが止まったことに安堵したのか、ガキが落ち着きを取り戻し素直に返事をした。

よしよし、メンドイからもうぐずるな。


俺は浴槽の縁に腰を下ろし、ガキを足の間に立たせた。


「うっ…はずかしいぃ」

「うるせえって何度も言わせんなっ」


あわあわにしたスポンジから逃げようとするので、怒鳴ってから膝の上に座らせた。

ガキは真っ赤になって俯き、それでも大人しく腕や足を差し出してくれた。


肉付が良い。

体格も良い。

肩もしっかりしているし、腕も足も逞しい。

胸のあたりは少し少年性が残っているが、同年代と比べたら筋肉がついている。

さすが獣人、強靭そうだ。

でも俺の方が怖い存在と理解したのか、大人しい。


「…尻尾、どーした」

「っっ」


尻を洗っていたら気付いた。

千切れていた。

根元から。

さすがに同情を禁じ得ない。

獣人にとって尻尾は、男根のデカさと男のプライドに匹敵すると言われている。

それがないなんて。

失った時のことを思い出したのか、ガキが俺に抱き付いて来た。

また泣いてる。

さすがに嫌なことを聞いてしまったので、俺は優しく頭を撫でてやった。


「もう痛くねぇのか?」

「いたく、ねぇ」

「そうか」


俺は頭を優しく撫でつつ、身体を離させた。


「よし、次は頭洗うぞ」

「っ!」


それは嫌だと言わんばかりの表情だったので、俺はにっこり笑ってあげた。

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