悪夢見心地
僕は置かれた箱を開く。
すると、中身がネックレスじゃなかった。
「む、胸パッド?か、これ?」
更に、一枚の紙が風に煽られ背を向けて落ちた。そういえば、僕はこのメッセージカードにて告白をしようとしていたのだ。
それを拾い、裏返す。
「もっと大きくなってから出直せよチッパイ!」
何だこれは、何なんだ?何だこのふざけたメッセージカードは!?
怒りが、当惑が渦巻き、訳のわからない感情で気持ち悪い。
急いでバッグを確認する。これは僕がこの前買った物だ。そのはずだ。
ここで、あることに気づく。
まさか、入れ替わった?
中に入れていたのはプレゼントだけだ。財布とかはすぐに出せるようにポケットに入れていたから。
そういえば、僕と同じバッグを持った人間がいた。そいつがバッグを入れ換えたとでもいうのか?何故?それもこんな、ピンポイントに人を傷つける内容を入れてできるんだ?
違う、そうじゃない。
「入れ替わった」じゃない、「入れ換えられた」んだ!
それに気づいたとき、ふと一人の人物にいきついた。
まさか、でも何で?
夏休み明けの始業式の放課後、僕は昨日のことを話したかった。問いただしたかった。
教室に入ると、やけに視線が冷たい。まるで「噂をすれば」と言わんばかりに、ざわついていた教室が一瞬にして静寂となった。
当のミサは、こちらを見ようともしない。あえて見ないようにしているかのようにも思えた。
僕は察した。多分、このクラス内で流れたのだ。この前の一件が。しかも僕が諸悪の根元として。
しばらくその空気を見て見ぬふりしていると、口々と、この前の一件に尾ひれ背びれと付けられた内容がちらほら確認できた。
いくらなんでも、早すぎる。
周到に計画しておかないとできないことだ。そして、そんなことができるのは一人しかいない。放課後になって、僕はある人を人気のない屋上前に呼んだ。
噂から余計なものを取り払い、真実だけを語った。そして、問いただした。
「ってことだがあったんだ。あれ、お前じゃないよな?」
コウは暗く、そして、静かに答えた。
「さぁな、誰がそんなことしたんだろうな。」
僕は確信した。やはりコウだったんだ、あの同じ鞄の持ち主は。
あの日の帰り、
そっぽを向くコウに、歯軋りせずにはいられなかった。
「くっ…なぁ、何で、お前しかいないだろ、そういうことじゃないんだ。何で、こんなことするんだよ。僕お前に何かしたのか?なぁ?」
コウを信じたかった。人間が人間をこうもあっさりと裏切れるなんて、思いたくなかった。
鞄のデザインも同じ、鞄の中のプレゼントのラッピングも同じ、そして、あんなミサの心を的確に逆撫でできる内容のメッセージを用意できる人間なんて、お前しかいないだろう。
だけど、何で、
「もういいか、俺は用事があるんだ。」
そういって踵を返すコウを、僕は引き留めることができなかった。
ここでだ。
僕に初めて危機感というか、憎しみというか、闇のような心を自覚したのは、ちょうどこの辺りだ。
ここで引き留めて、こいつに迷惑がかかる。
するとどうだろう。
僕という信用が失われた人間が、コウのような一見人格者に迷惑を被らせてみろ、不利になるのは僕だ。
こんなやつのために、僕はこれ以上傷ついてはいけない。
こんな、
こんなやつのために、僕が苦しんでなるものか。
一人で泣いた。慰める人間なんて居やしなかった。
孤独は、それだけで人を苦しめる。
僕は、孤独となった。
何が僕を傷つけるのか分かったもんじゃなかったから、僕は人を避けた。
避けて、
避けて、
避けて、
避けー
「君、そうか、君が。」
いつのまにか、本屋で立ち尽くしていた。
何故本屋かって言われるとわからない。でも、本でも読んで気を紛らわしたかった。
そんな僕に、声をかける人間がいるとは思わず、ゆるりと顔を上げた。
目深に帽子を被った長身の男は、僅かに隠しきれていない口の端をあげて、こう言った
「君にこれを授ける。そして、ここから君の人生が始まるんだ。」
ここから、始まる?
受け取った本は真っ白で、タイトルも何も書かれていない。単行本よりは少し広めな面積だが、厚さはそれよりも薄い。
「それにはタイトルはない。僕は『もう一つの世界』。そう呼んでいたよ。」
『もう一つの世界』?なんだその中二全開なタイトルは。プッと吹き出した。
本の裏を返すと、そこには値札で「500円」と書かれていた。
「ちなみに売り物だからちゃんと買ってね!」
授けるんじゃねーのかよ。少し残念に思った。
が、買うことにした。この500円がもし、僕にもう一つの世界を見せてくれるというのなら、安いもんだ。
「いいよ、買います」
「まいど」
顔を上げると、その男は笑顔で答えた。
本を入れた袋を提げて振り返った。これによって本当に世界が変わるのかはわからない。けど、元手は500円だ。安いものだろう。試しに騙されてみるのも悪くない。
僕は読み漁った。本の内容は、やれ運動しろだとか、やれ睡眠前に日記を書けだとか、具体的だがなんとも怪しい。しかし、一つ一つの行動はとても軽かった。
そこから、僕は生活を一変させた。
・
・
・
・
・
・
・
「はっ!」
目が覚めた。見知らぬ天井が暗闇にうっすらと見える。
そういえば、長い夢を見ていたような気がするが、確か、前にあったトラウマ話、いやトラウマってのを僕は信じてないからトラウマ話とは言いたくない。強いて言えば過去の思い出。
いや違う、見知らぬ天井なんてとんでもない。見知っている!それも、今まででこの天井を見なかった日の方が少ないくらいに、僕は知っている。僕は体を起こした。
辺りを見渡す。
部屋の端に備え付けられた勉強机、その正面にある本棚、暗い色のカーテン。
まさか、過去の思い出とばかり思っていたが、そんな、あり得るのか?思春期の子供を言葉巧みに騙すような、そんな見え透いた虚言じゃなかったのか?
あの、「過去に行く」というのは。
僕は充電器に付けられたスマホに手をかける。そもそもスマホの場所を機械的に知っていることがもう、疑惑を確信に近づけていた。
電源ボタンを押し、画面左上の時刻を確認する。
3:12
「お、起きた起きた。只今午前3時の12分。起きるのには少し早ー」
電源ボタンを押す。
そういやあったな、夢という自覚を持つ夢というの。確か明晰夢だったかな、それなんだ。
何か見覚えのある妖精さんがスマートフォンに映っていたが、まぁそういう夢もあるだろう。一昔前に、Tシャツに黄色いカエルが入っているアニメもあったし、きっとそれ関連のあれだよ、うんうん。僕は首を縦に振る。
時刻も3:12と、妙に早いじゃないか。まだまだ眠ってくださいって事じゃないのか?なら望み通り眠ってやろう。時を越えるなんてのは、夢のまた夢に過ぎないのだから。布団を肩までかけて、再度就寝。
ピロピロピロピロピロピロ!!!
目覚まし音だとっ!?しかも高校時代に使っていたやつだ。
再びスマートフォンの電源ボタンを押す。
「何で二度寝しようとしてんだぁ?ミズカミショウジ?」
マジか、マジで飛んだのか。
自身の迂闊さを後悔し、深いため息を吐き出した。
いじめられっ子ニートは時を越える。 こへへい @k_oh_e
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