夢見心地

「デート誘ってみろよ」




そういったこの男は山田幸太郎。通称コウ。


この学校に入学してできた友達の一人である。互いに僕をショウ、幸太郎をコウと呼ぶ。友達の定義が曖昧なため一概にはなんとも言えないのだが、友達という関係性をあるパラメーターを指標として判断するなら、間違いなく友達を越えた「親友」というランクに位置するだろう。それくらいの男だ。


容姿も良く、よくもまぁ僕と絡むものだと不思議に思う。


二年一学期の最後の日、夏休みを目の当たりにしたお掃除の日。溜めた階段のゴミを箒でちり取りに運びながら、僕は恋愛相談を持ちかけた。



「でも、それで

「え、何言ってるの?私たちただの友達じゃん」

なんて言われてみろよ、僕死ぬぞ?」



想像しただけで青ざめるぜ。


そんな僕の肩を叩き、笑いながら幸太郎は言う。



「んなこたねーって、いっぺん当たって砕けてみろよ、その後ちゃんと欠片集めてやるから」



「跡形もなく砕けてるよなそれ、でもって後処理までバッチリじゃねーか!全く笑えねーよ!」



「そりゃショウが鈍いだけだ」



やれやれと、コウはため息混じりにこぼした。


確かにそういう仕草と言えなくもない場面が何度かあったのは知っている。だからワンチャンスあるかもと思ってしまうのだ。


しかし、それが僕の妄想である可能性が否めない。だからコウという客観的視点からの意見を仰いだのだが、こいつは客観的というには贔屓目が過ぎる気がする。



「じゃないとー」



「何の話?」



コウの話をぶったぎり、僕らの間を後ろから割り込んだのは三崎しょうこ。通称ミサ。入学してからの席替えで席が近くなり、それからいつのまにかいつもの三人みたいになった。そういえば、親睦を深めることを目的とする遠足が発端だった気がする。レジャーシートのスペースをミサに貸してやったんだったか。よく覚えていない。



「いやさ、新しいスタポケがかなり面白いらしいって話」



スタポケ、正式名モンスターポケットは僕の好きなゲームの一つだ。


こういうときのコウはとても機転が利く。本人を前に「ミサにデートを誘うプランを計画している」とは言えない。それを見越して0コンマで虚言を吐けるとは。この人ほんとそういうところ有能だわ。



「そうなんだ、そういやそろそろ夏休みじゃん、どっか遊びに行かない?」



かわいい。


ショートボブな黒髪を翻しながら次の長期休暇についてワクワクしている、そんな彼女が好きだ。


さっきまでの話を最短でなかったことにしているけれど、そんなこと気にもならない。ああ、君は今から話がしたいんだな。そしてどこかへ行きたいんだな。どんな場所に行きたいんだろう?



「どっかって、何処?」



「へっへーん、取って置きの場所があるんだー」



自慢げに胸を張るが、かなり控えめだ。前にコウが胸のことについて語っていると、ミサは露骨に嫌な顔をしていたのを思い出した。嫌いなんだろうな。



「これ!」



スマホに映っているのは、ある遊園地の公式サイト。ここに行きたいのか、ほーん。



「行こうぜ!三人で!めっちゃ楽しそうじゃん!」



コウが目を輝かせて言う。マジか、コウ、お前に一体何を貢げば僕は祟りに遭わなくて済むのだろうか。友からの勇気、しかと受け取った。この後方支援、ありがたく利用させてもらう。



「いいんじゃない、行こうか」



僕は自分の意思を素直に表明することができた。






当日、から少し以前。コウと共にデパートへと訪れていた。



「何が良いと思う?」


「思いがあれば何でも良いんじゃねぇの?ほら、このハシビロコウのクチバシとかおしゃれじゃね?」


「ラインナップがUターンするレベルで変化球過ぎる」



この店ナレッジボガードは今時の商品が並ぶ。最近のトレンドは、大人し過ぎるかわいい鳥類ハシビロコウ。そのクチバシって聞くとグロテスクだが、1/10サイズの模造品だ。



他にも色んな商品が並ぶのだが、正直僕は目利きに自信がない。なのでコウの助言を頂きに呼んだのだ。



「別に冗談じゃないんだけどな、思いを込めるって観点はな。流石にハシビロコウのクチバシはミーハーだが」



「そうかぁ、ミサは何か趣味っぽい趣味はなかった?」



うーん、と数秒考えた後、コウは左手の手のひらを右手の拳が叩いた。



「そうだ、ネックレスなんてどうだろう?」



ネックレス?まぁプレゼントという物としては妥当な線をついていると思う。だが



「あいつ最近モデルのバイト始めたらしいんだよ。だからおしゃれな物の方が良いんじゃない?」



「それだ!」



人差し指をピンとコウに向けて、今の高揚を表した。モデルのバイトしてたんだ、すげぇなおい。



「あ、でもこれ他言無用とか言ってたな。これ飽くまで聞かなかったことにしてくれ。でもプレゼントとしては良いと思うぜ。」



ぐっと親指を立てるコウ。イケメンだ。こいつ、内外共にイケメンだ!!!性転換するのも惜しくない。





それから、僕とコウはアクセサリーコーナーにて、2時間くらいの時間悩んだ末、ちょっと値を張る良さげな物を選んだ。


メッセージカードなるサービスがあるらしく、そこに


「付き合ってください」


とメッセージを添えた。これなら少しの勇気で充分そうだ。


更にプレゼントと店員さんに説明すると、赤と白の綺麗な紙でラッピングしてくれた。ありがとう店員さん、その手捌きに感謝を。





めちゃくちゃ浮かれていたのだ。その時の僕は。正確には、プレゼントを彼女に渡し、プレゼントが開かれる。その時まで。







デート当日、三人で行くはずだったのだが、コウは持ち前の機転を利かせて風邪をひいた旨のメールを受け取った。



二人で遊園地を回る事となった。



「本当コウ、こういう時に風邪をひくなんてねぇ」



「そうとう楽しみにしてたもんな、あいつ」



やれやれとしている。その所作がかわいい。


白いワンピースに麦わら帽子。控えめなポシェット。翻るワンピースから覗かれる足を遠目で拝めただけでも、今日という日に感謝の意を表したい。流石はモデルのバイトをしているだけはある。



だが、これは他言無用。もし僕が知っていると分かれば、コウがどやされてしまう。危うく出そうになった関心の心を閉じ込める。



もんもんとしていると、ミサがバッグを指差した。


「ショウのバッグオシャレじゃん、良いね」


上目使いかわいい。


「あ、ああ。この前良さげだったから買ったんだよ。」



プレゼントを買った足で、コウと共に買ったのだ。ショルダーバッグは動きやすい機能性があって良い。それに、片手を繋いでももう片手でバッグを探れることをコウが絶賛していた。ちゃんとプレゼントも入っている。



「じゃ、行こうか」



はにかんだつもりが、思ったよりも口角が上がっていた気がする。




それからが早い。メリーゴーランド、コーヒーカップ、何か宇宙が舞台のアトラクション


と、回り回っていると、あっという間にランチタイムを迎えてしまった。



「クレープおいひいよほら!」


モグモグかわいい!!


「アム、んん、確かに美味しい」


差し出されたクレープを口に入れる。


うまい!もううまい!間接なんたらを想像したが、勢いに任せてクレープをいただいた。なんて甘いんだろう、こっちがとろけそうだ。



「ショウって本当美味しそうに食べるね」



「だって美味しいからさぁ」



僕のことをよく見てくれている。それがとても嬉しかった。



ん?



「どうしたの?」



「いや、気のせい気のせい。何か同じバッグ持ってる人がいた気がして」



「あるある、靴とか同じだとなんか親近感湧くよね」



はははと彼女は笑う。僕もそれに釣られて笑った。同じものを、同じ時間を共有するのは、とても親近感が湧くものだ。つくづくそう思った。



昼食後、ジェットコースターに乗った。荷物を預け(ミサは帽子も預けた)、座席に座る。


隣同士で座るジェットコースターは、また違った意味でドキドキする。心臓にかかる二種類の緊張に耐える。


隣にミサがいる。帽子がないから、セミロングの髪が全て視界に捉えられた。艶やかできれいだ。触ったらとてもサラサ...




ジェットコースターの下降と共に、その緊張にが吹っ切れた。サラサラとか言ってる場合じゃない!死ぬ!死ぬからこの速度!



降りる頃にはフラフラで、ミサに支えられてやっと降りることができた。もうジェットコースターは乗らねぇ。絶対にだ。


荷物を回収し(ミサは帽子をまた被る。うん、やはり似合うなぁ)、僕らは別のアトラクションへと向かった。








日が沈み始め、観覧車やジェットコースターの影が伸びる。濃い朱色が、時間の儚さを物語っていた。



やるぞ、ここで。



「ミサ」



「何?」



震える手で鞄を開き、赤と白の縞模様のプレゼントを渡す。



「今日は楽しかった。ありがとうな」



「何これ!?開けて良い?」



「いいよ」



喜んでくれている。その顔を見て、僕も心が踊った。


開けたらもっと輝くだろう。その期待が溢れる。



しかし



「え、」



驚き、それと落胆、更には嫌悪の顔が、彼女に浮かんだ。


さっきまでの輝きは消え去り、僕を嫌悪する目で見る。



何だ、何が気に入らないんだ?何故そんな顔をする...!?



「やめてよ、こういうの。そんな人だと思わなかった。」



箱を閉じ、地面に置いて、踵を返す。


ミサは一人で帰っていった。

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