4.騒乱のバードライブ

「ねえねえ、PPPライブ延期らしいよ?」


 夕暮れを過ぎたステージの前には、人だかりならぬフレンズだかりができていた。

 皆PPPライブを見にやってきたファン達だ。

 しかしステージ上にPPPの姿は見えない。


「えぇ~! 何で?」

「PPPが乗る予定だったバスが壊れちゃったらしい」

「それなら仕方ないねー。でも、ステージちゃんと準備されてるし、何かするのかな」

「まだステージ誰もいないね」

「うーん。でも明日からしばらく群れの集まりが有るから...もし今日何かあるなら見たい!」

「それはそうね、しっかり目に焼き付けよう!」


 会場がざわつく中、ステージ上に一人のペンギンのフレンズが現れた。

 途端に会場のざわつきは収まる。


「え~お集まり頂いてありがとうね~みんな。私はプロデューサのジャイアントペンギンだよ~」

「実はちょっとバスが故障しちゃってPPPはちょっと来れなくてね...今日ここでライブすることはできなくなっちゃったんだ。ゴメンね」


 再びざわつく会場。

 しかしジャイアントは動じることなく、深呼吸して言葉を続ける。


「でもねみんな! 私は来てくれたみんなをタダで返したくない! 例えPPPが来れないのが仕方ない理由でも、皆が許してくれても、私はただここで延期を伝えるだけじゃあ気が済まない!!」


「だから皆、ちょっと毛並みは違うけど、3日後のPPPライブの余興をさせてもらうよ!!!」


 会場から大きな喝采が沸き起こる。


「余興、何が始まるんだろう!」

「楽しみだね! PPPのプロデューサさんならきっと凄いのを出してくるよ!」

「でも、誰が踊るの?」

「PPP以外のアイドルユニットと話を付けたのかな」


 にわかに活気を帯びる会場へ、ジャイアントはこれからステージに上がる子を元気づけるためにも、精一杯声を上げる。


「それじゃあさっそく行こうか! 今回はPPPの曲じゃないんだけど、きっとみんな知ってるよ。私たちペンギンは海鮮が大好きだからね、この曲ならPPPを呼ぶのにピッタリだ!!」

「それじゃあみんな、せーので”構え”って言ってくれるかな。そしたら主役が来てくれるよー!」


 盛り上がる会場だが、いつも追いかけているアイドルグループと違うノリに困惑する。


「え、”かまえ”?」

「何か熱血ね」

「どんな子が来るんだろう...」


 どよめく会場の中、空から立派な褐色と白黒の羽根が、いくつか空から舞い降りる。


「いくよー!せーの!」

「「「”か、構えー...?”」」」

「もっと元気よく! パークの果てまで届くくらい!!!せーの!」

「「「構えッ!!!!!」」」


 掛け声が響き渡った瞬間、


ズドォン!!!!


 上空から急降下してきた二羽の雁が、ステージを大太鼓の如く踏み鳴らす。

 その迫力の音響は会場をシン...と静まらせる。

 静寂の中、残雪とユーラは片腕を正面に突き出したまま、低い体勢でピタリと構えている。


 突然、子気味良いアップテンポの音楽が大型スピーカーから流れ始める。

 それはPPPのライブ曲でよく耳にする、ギターでもベルでもピアノでもなく…


 三味線だった。


「え、え、マジで今回路線が違うぞ」

「ていうかあの子達誰? ペンギンじゃないけど...鳥?」

「みたいだね...でも登場カッコ良くなかった?」

「うん、びっくりしたけど...」


 疾走する和風の旋律に合わせ、残雪とユーラは体を動かし始める。

 腕はさながら、PPPの故郷である海の波風を示すようにうねる。


「...っていうか...コレ」

「ああ、あの曲か。知ってるどころかガイドさんが踊ってたわ」

「PPPのライブでこれやるの? すっごい面白い...斬新過ぎない?」


 ロックのビートの如く鳴る大太鼓に、二人の動きもダイナミックになる。

 綱を巻くような動きと天に手を伸ばす大きな振り。

 リズミカルに入る二人の掛け声は、雁特有の良く通る大声で迫力を増す。

 会場の熱も次第に上昇し、祭りのような熱い雰囲気が生まれ始める。


 曲は盛り上がり、残雪とユーラのジャンプと共に早速最初のサビに入る。

 もはや客も、誰に教わらなくとも合いの手を入れる気満々だ。



「ぁドッコイショー! ドッコイショ!」


「「「「ドッコイショー! ドッコイショ!」」」」


「ソーラン! ソーラン!」


「「「「ソーラン! ソーラン!」」」」



 ここまで来ると、もう会場はトランス状態だ。

 ライブと言うか祭りだが、そんなことはどうでもいい。

 結局の所、祭りもライブもヒトもフレンズも、根底に有るのはハートだから。


 二人が縄を引く動きをするたびに、タイミングよく茜色に輝く波しぶきが舞台裏から上がる。

 それも荒波の如く、会場まで届きそうな勢いだった。

 しかしサンドスターでできたその波しぶきは、会場に届く前に七色の輝きとなって消える。


「すっご!!めっちゃキレイ!!」

「しかもカッコイイ!!」

「これは荒海の漁師ですわぁ...!」


 舞台裏では、ATGがけものミラクルを発動し、宝石のように輝く水のサンドスターを生じている。

 それをリズムに合わせて会場に向けて翼で吹き飛ばすアイレスとマヘリ。

 水滴は踊る残雪とユーラの翼が起こす風によって、更に高く四方八方へ散る。

 そしてジャイアントの操作する照明が、水を更にリズミカルに輝かせる。


「まさか...こんな形で翼を使うとはね」

「全くじゃあ...でも大将とユーラさんとカタギらの為なら!!」

「アタイもまだまだいけるよ!!」


 残雪とユーラの踊り、掛け声、太鼓のように踏み鳴らされるステージの音、七色の波しぶき。

 客はあまりにも想像とかけ離れたその光景に、もはや一歩引いた目線を捨て、熱狂していた。

 その裏では、音響・照明機器をいじりながらほくそ笑むジャイアントの姿が有った。


「しっしっし...コレだよコレ! 最初っから度肝を抜けば語彙力が無くなるってもんよ!」


 本来、数十人で踊るはずの南中ソーラン節。

 大きなステージで二人で踊れば、普通は迫力に欠けてしまうものである。

 しかし、残雪とユーラは歴戦の自警団の一角にして、屈強な渡り鳥。

 鍛え上げられた体幹は、一切の無駄な動きなくキレのある動きを体現する。

 翼が空気を打ち付け、脚が地を鳴らす。

 その音と体の動きが調和する。

 それはダンスというより、演武と呼べる領域にあった。


 やがて太鼓のソロパートに差し掛かり、波しぶきが止む。

 旋律が無く太鼓だけが響き渡る空間で、双舞の翼に皆の注目が集まる。


 次の瞬間、太鼓の強打と合わせて、舞台裏から水を纏ったカモが躍り出る。


 その次のビートでは、小柄な紺青の猛禽、白色の大型猛禽が4回転宙返りで3点着地。


 ステージを鳴らす着地音と共に演奏はラストのサビに突入、最高潮の熱気の中5人が見えない縄を構える。



「ドッコイショー! ドッコイショ!」


「「「「ドッコイショー! ドッコイショ!」」」」


「ソーラン! ソーラン!」


「「「「ソーラン! ソーラン!」」」」



 灼熱の祭りも、あと何小節で終わるだろうか…

 皆がそう思った瞬間、会場上空に怪しい影が現れた。

 ジャイアントは窓からその影を確認するや否や、ダッシュで表へ出た。


「クソっ...こんな時にセルリアンかよ!!」


 客はまだ気づいていない。

 ジャイアントは鋭い視線を上空の化け物に向ける。


(しかしここで戦えば客を巻き込んでしまうねー。今は手が出せない。どうする...っていうか、セルリアンあそこで止まってるね...ていうか)


 ジャイアントは止まったセルリアンからステージへ向き直る。


「何か一層盛り上がってない!!?」


 ステージの上では、予定通り5人が踊っていた。


 しかし予定と違ったのは、全員野生解放の灯を目に宿していたことだ。


 ユーラは輝かしい光輪を背中に宿し。

 残雪は複数の鳥のような輝きを辺りに漂わせ。

 マヘリは後ろ髪を逆立て、ティアラと鎧を金色に輝かせ。

 ATGは更に鮮やかに輝く水を纏い。

 アイレスのポニーテールは噴射炎のように輝き逆立っていた。


 残雪一家の戦闘を見たことはないジャイアントだが、それが臨戦態勢であることは分かった。


 ステージを踏み鳴らす音はさらに壮大となり、彼女らの動きはまさに百戦錬磨の戦闘集団にふさわしく、寸分の狂いなくステージで咲き誇っていた。


 セルリアンが近づけないのは、一歩近づいたらバラバラに捌かれる、と分かったからだろう。


「ハハ...良いねー...今度からセルリアンハンターを本格的に勧誘しようか」


 やがて、音楽は鳴りやみ、スピーカーから流れる笛の音が次第に小さくなってゆく。

 そして、観客が拍手と喝采を浴びせようとしたその時。


「戦闘配置ィィィィィィィ!!!!」


 残雪の鋭い声が、マイクも使わず会場全体へ響き渡る。

 瞬間、遠くにいたセルリアンの下へ残雪の生じた鳥が向かい、雑魚を粉砕。

 残ったセルリアンは客の下へ降下を始める。


「きゃ! セルリアンよ!」

「まずい、今日は武器持ってきてない...!」

「そりゃあそうよ! 持ってきても受付で没収でしょそんなの!」


 パニックになる寸前で、青い閃光が客の上空をかすめる。

 と同時に、客を狙っていたセルリアンが突如爆散する。


「無粋な奴らだなぁ...クソ、いくつか狩り切れなかった...!!」


 その閃光、アイレスが振り向くと、殺しきれなかったセルリアンは地上に降りたものと更に上空へと向かったものに分かれた。


 上空には、凄まじい輝きを宿す三羽。ユーラ、マヘリ、ATG。

「貴方たちはこっちです。私たちがお相手しますから」

「へっへーんだ! 飛んで蓼食う犬も木から落ちるってやつよ!!」

「無茶苦茶じゃATGさんよ...じゃがセル公共、命惜しくなかば来い」


 そして地上に降りたセルリアンは...太古の覇気をまとった輝くフリッパーによって砕かれていた。

「私達の、PPPのファンを困らせちゃあダメだよ...」


 その瞳にも、野生解放の光が灯っていた。


「アイレス、私が居るからもう会場は大丈夫。空のセルリアンをここから引きはがしておくれ」

「...分かった、それじゃあね。別れが雑になって悲しいけど、また会おうよ」


 アイレスはステージ上から上昇した残雪と共に、空の3羽に加わる。

 そして、残雪はセルリアンの向こう側にいるPPPファンに、その輝く視線を向けた。


「お前らァ!! 今日は見に来てくれてありがとうな!! 会場も大盛り上がりだ、曲にふさわしく大漁だったぜ!!!!」


 会場は唖然としながらも、残雪一家を見つめる。


「しかしセルリアンまで大漁になっちまった!! 今からコイツら捌かなきゃならねェからここでおいとまさせてもらう!! じゃあな、PPPライブ本番も楽しめよ!!!」


 そう言って残雪一家は、残ったセルリアンを引き寄せてホートクの山際の向こうへと消えていった。

 やがて誰も居なくなった月夜の空へ、パチ、パチと、まばらな拍手が少しずつ響き始める。

 それは惜しみない喝采と拍手となり、虚空を埋め尽くしたのだった。


 その光景を、ジャイアントはステージ上へ歩きながら眺めていた。

 (サイコーだったよ残雪一家。今度は最後にちゃんと喝采を浴びて欲しいな)

 (そしたら自警団やめてアイドルになっちゃうかも。ハハハ、それはそれで勿体ないなあ)


 色々な考えがよぎった末、ジャイアントはステージ上についた。


「とまあ、以上が余興でした!! 次のライブも楽しみにしててね-!!」


~~~~~~~~~~~~~~~


 やがて、3日後に開催されたPPPライブも通例通り大盛況に終わった。

 ジャイアントは残雪との約束を守り、最後まで残雪一家の名を明かさなかったた。そのため彼女らがアイドルとして広く認知されることはなかった。

 しかし、その奇跡の祭りを目撃したファンの間では、PPPライブ幻の鳥ユニットとして、長年細々と語り継がれてゆくこととなる。

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騒乱のバードライブ きまぐれヒコーキ @space_plane

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