第17話 ポンコツ系お嬢様
「お飲み物をお持ちいたしました」
「あ……ありがとうございます」
てっきり使用人の人が飲み物を持ってきてくれものだと思っていた俺は、少しばかり驚いてしまった。マリーもそんな反応は想定していたかのように、舌を出して「実は彼女の代わりに私が持ってきたんです」といたずらっ子のような顔でそう言った。
「いや、全然いいんだ。ありがとう。のどカラカラで」
「でも、本当にお水でよかったのですか? もしよろしければゴキブリアン系の飲み物を持ってきますが……」
なんだよゴキブリアン系って。他にも種類あるんか。と突っ込んでみた。
俺はやんわりとお断りをする。
「それで、かけるさまはこれからお休みになられるのですよね……」
「え? いや、まあ、そんな感じですけど……」
彼女は何かを言おうか言うまいか迷っているような感じだった。
そもそもなぜ彼女は使用人の代わりに飲み物をもってきてくれたのか。テレパシーの魔法を使えばわかるかもしれないが、本人の許可なく心を除くのは、プライバシー的にアウトな気がした。というよりアウトだろう。
そんなわけで、俺は黙って彼女の次の言葉を待っていると、
「あの、少しばかり頼みたいことがありまして……外ではあまり聞かれたくない話で……」
「え? ああ、じゃあ、部屋に入りますか? といより、むしろ俺は部屋を貸してもらっているような立場ですけど……」
そうして俺は彼女を部屋に入れた。
「それで……話って……」
「はい。実は……」
彼女はゆっくりと語りだした。その内容は簡潔にいうと、マリーは外に用事があり、外出をしたいのだが父親であるドンさんが許してくれない。なのでこっそりとこの家を抜け出す。本人いわく、一時間以内には帰ってくるつもりらしいが、万一バレそうになった場合、ずっとこの部屋で俺と話していた、というアリバイ作りに協力をしてほしいのだという。
「それぐらいなら全然大丈夫ですよ。それで、どうやって外に出て行かれるのですか?」
彼女は指を指しながら、
「それは、あちらにある窓から……」
俺は後ろを振り向いて、彼女の指さす方向へ目を向けた。本当だ。一か所だけ窓がある。その時、
「かけるさま、お休みのところ申し訳ありません。マリー様はこちらに、おいででしょうか」
部屋のドアをノックする音が聞こえた。その声は先ほどの使用人さんの声だった。俺は一度マリーに目を向けて、
「あ……いえ。彼女はいな……」
「お菓子を用意いたしましたが、よろしければ、かけるさまとお召し上がりください」
「え……ほんと!? ええ、ぜひいただくわ!」
「……」
お菓子につられた天然お嬢様はハッと口に手をあてた。今頃になって使用人さんの誘導尋問に引っかかった事に気づいたらしい。
なんだろう。この子からは俗にいう天然、というかポンコツの匂いがしてきた。
「かけるさま、改めて、お休みのところ申し訳ありませんが、お部屋の中に入らせていただいてもよろしいでしょうか」
「は、はい」
使用人さんは、この部屋に入ってくるなり、マリーの顔を見てため息をついた。一方のマリーは、気まずそうに視線をそらす。
「マリー様は先ほどもご主人様の目を盗んで、外出をしようとしていましたね」
「いえ……え……とそれは」
彼女は目をパチクリさせて、何とか言葉を探そうと口をモゴモゴさせている。
「お気持ちは分かりますが、あの場所はマリー様が思っているよりもずっと危険な場所でございます。もしマリー様の身に何かあれば、ご主人様も悲しまれます」
「そんな大げさな。大丈夫よ。確かに世間では危険な場所と言われてるけど、これまでも何回か行ってきたけどこうして無事に帰ってきてるわけだし……って、どうして私があの場所に行ってるって知ってるの?」
「どの場所なのかは分かりませんが、世間でも危険と言われている場所に何回も行っておられるのですね」
「ひどい。またひっかけたわね!」
使用人さんがうまいというよりは、この子がポンコツなだけな気がする。
「マリー様は素直すぎます。かけるさまもそう思いませんか?」
「思います」
素直というか、何というか……。なんだか俺の中のお嬢様像が音を立てて崩れていく気がする。これでは天然系、ではなくポンコツ系お嬢様だ。
俺はそんなポンコツ系……天然系お嬢様に、
「あの……マリーさんはどこに行かれるおつもりだったのですか」
「……かけるさまは、このトルフルフにフトホスと呼ばれている地区があるのをご存じですか?」
「いえ……」
「いわゆる、貧困層のあつまる地域です。私、そちらに用がありまして」
そして、マリーの言葉を引き継ぐように使用人さんが、
「そしてマリー様はフトホスに行き、そちらに住んでいる方々に毎回食料を配っている、という事です」
なるほど、だんだん状況が読めてきた。
「そう……、あの地域にいる方々にも食料を持っていって……って何でそれも知ってるの?」
「薄々感づいてはおりました。毎回厨房から食料が無くなれば、さすがに気づきます」
「……」
それはまあ、誰でも気づくだろう。むしろ今までよく目をつぶってもらえたものだ。
となると、彼女は貧民街に住む人達に食料を恵んでいたのか。良い事ではあるのかもしれないが、ドンさんや使用人さんが反対している理由も何となく分かる。
これも偏見になってしまうのかもしれないが、このような見た目の少女が貧民街へ一人で出かけるななんて……、俺が親でも反対するかもしれない。
「お父様は……気づいておられるのかしら」
「詳細な内容までは分からずとも、お嬢様が毎回出かけているというのはお気づきでしょう。おそらく殿方に会いに行っているとお思いになっているのかもしれません」
「!? 馬鹿な事言わないで!? もう」
彼女はぷりぷりと怒って、そっぽを向いた。そんな彼女に向かって、使用人さんが語気を強めて、
「お嬢様、もう一度言いますが私は反対です。あのような場所にお嬢様をお一人で行かせるわけにはいきません」
「でも……あの地区に住んでいるのは良い方ばかりよ? 危険なんて……」
「それでもです。お嬢様に何かあってからでは遅いのです」
決して怒鳴るような言い方ではない。むしろ静かな口調だった。けれどその分、余計に言葉に圧力を感じてしまう。そんな有無を言わせぬような使用人さんの迫力に、彼女はシュンとうつ向いてしまう。
「でも……」と悲しそうに呟く彼女を見ていると何とも言えない気持ちになってしまう。
沈黙が続く。心がもやもやする。なんだろう、この感じは。どこか覚えがある。これはデジャブというものなのかもしれない。
けれどもこの違和感の正体が分からないまま、気が付けば俺の口は勝手に動いていた。
「俺も……彼女について行きます。二人なら大丈夫ですよね」
なんだろう、前にもこんなことがあったような気がする。
魔族の世界でテレパシー! 〜異世界で冴えないフリーターがテレパシーの魔法を駆使して、大切な人達を救います〜 サツマイモ @satum
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