パリの空気を感じる映画「ナイト・オン・ザ・プラネット パリ編」
パリを舞台にした映画はたくさんあるが、その中でも「ナイト・オン・ザ・プラネット」という映画のパリ編は僕の気に入りのひとつである。
この映画は世界の五つの街を舞台にしたオムニバスで、いずれもタクシーの運転手と客のやり取りを通してその街の姿を映し出す、短編集のような作品である。監督はジム・ジャームッシュ。
なぜこれが好きかというと、短い話のあいだにリアルなパリがみっちり凝縮されているからだ。
まずロケ地がいい。冒頭に一瞬映るメトロの駅から、そこが二十区だと分かる。移民が多めで物価の安い区、要するに庶民の界隈である。
ロケ地だけ先に辿ると、そこから北上して中華街のベルヴィルあたりを通り、サン・マルタン運河をさらに北上して十九区に入る。ここもガチガチの庶民の区である。一本でも道を間違えると危ないので旅行客にはお勧めできない場所でもある。
こういう場所を使っているところですでに観光用映画ではないと分かる。午前四時のパリの通り。明かりの消えた路地。舗道に並んだゴミ箱。夜中の清掃夫たち。人気のない道を通るタクシー。渋い。これがウディ・アレンだと、金色の装飾がついた橋が出てきたりセーヌ河が街燈を反射して輝いてたりする。むず痒い。そんなに素敵な景色を見せられては生活感に欠けてしまう。
話に戻ると、ここには社会の縮図が描かれている。
タクシー運転手はコートジヴォワール人の男。なぜかおでこに絆創膏を貼っている。いい大人がおでこに絆創膏(プププ)。これだけでこの男がいささか粗忽者であると想像できる。
彼は二人のスーツ姿のアフリカ人を乗せている。自分たちをエリートと信じて疑わない彼らは、同じ黒人である運転手を見下し「どこの森の出身だ」と訊き、運転が荒いことを皮肉って「目が見えないのか」と笑いものにする。
このシーンはフランス語を分かった方が面白い。
というのは、コートジヴォワール人を意味する
しかし本当の客は彼らではない。この後に登場する「盲目の女」である。
この客ならラクそうだ、と拾った目の見えない女と運転手とのやり取りが本編の見どころで、「本当に見えていないとはどういうことか」というテーマがユーモアと皮肉たっぷりに描かれるのである。
イヴォワリアンの運転手と盲目の白人女。男と女。移民とフランス人。健常者と盲者。人間が無意識に持つヒエラルキーを考えさせるのが面白い。この作品はまず設定でほとんど成功していると思う。
女を演じるベアトリス・ダルがとても魅力的で、「これぞフランス女」を体現してくれている。とにかく口が悪い。フランス語と聞いてイメージされるシュワシュワな囁きではなく、甘い声で繰り出される罵倒である。ついでに言えば登場人物みんな口が悪い。しかしこれがまたリアルなのだ。
現代なら差別案件でシナリオにもさせてもらえなさそうな不躾な質問をする運転手は、悪気があるわけではない。でもそれは健常者の視点でしかなく、そこにも彼の「見えてなさ加減」がよく表れている。それをひと言でペシャンコにするベアトリスのセリフには、「見えること」つまり物事の本質を知っていることとは何かを端的な言葉でこちらに投げかけ、軽く平手打ちを食らう感覚である。
かといって説教映画なんかじゃないのでご安心を。言葉の応酬と毒がとにかく可笑しくて笑ってしまう。最後に運転手の見せた分かりやすい善意も「そうじゃないんだよ」とぴしゃりと撥ねつける。ある意味とてもフランスらしい。
これを撮ったのがアメリカ人のジム・ジャームッシュというところが面白い。外国人がパリを舞台にすると憧れが先に立ってウディ・アレンのように美化してしまうだろう。だからと言って自国の監督なら、ここまで冷めた目でこの街を撮れるだろうか。ついもう少しきれいに描こうとして余計な優しさが入ってしまうんじゃないだろうか。あるいは必要以上にメッセージを込めようとするかも知れない。この匙加減がジャームッシュは本当に巧いと思う。
もう三十年ぐらい前の作品だが、この夜中のパリは今と変わらないなあと思った。風景も言葉も含めてパリの空気を感じるにはお勧めの作品である。パリだけじゃなく、他の街のエピソードも全部その場所の個性が出ていて話も面白いので、わざわざ時間を取って観ても損はないと思う。
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