フランスの桜、日本の桜

 パリの南の郊外に、ソー公園というかなり広大な公園がある。ここは桜の名所として有名で、四月になるとピクニックをする花見客でいっぱいになる。


 桜スポットは二箇所あって、どちらも広い芝生のスペースになっている。ひとつは染井吉野風の白っぽい桜がいっぱいに咲いていて、日本の公園のような雰囲気がある。だけど、こっちにはあんまり人が来ない。人気があるのはもう一箇所の桜スポット。濃いピンクの八重桜がたくさん咲いている方の芝生だ。


 この八重桜が満開になっている光景はなかなか圧巻である。色が濃く、幾重にも重なった花びらがたっぷりとついているから、一本の木にものすごくボリュームがある。こぼれ落ちそうなぐらいにたわわに実るって感じで、花というよりも果実がなっているように見える。そんな木々が密集して立ち並んでいるのだから、誰でもきっと目を奪われる。「ふん、花見なんて」と花だけに鼻で笑っていても、この八重桜の大群を見た瞬間に圧倒される。


 桜は背が低く、重たそうにたわんでいる枝の先などは、子どもでも手が届くほどだ。だからわざわざ花の横に子どもを立たせて、そのかわいらしい姿を写真に収めている親もいる。桜と子どもはとてもよく似合う。

 子どもだけじゃない。愛しい恋人にポーズをとらせて撮影している男もいる。しつこいぐらい撮っていると思ったら、女の方が出来栄えに満足していなかったようだ。めいっぱいお洒落した美しい男を撮っている、その伴侶らしい男の姿もあった。色んなカップルがいるが、どちらにせよ大人になると桜に負けてはならないと対抗心が生まれるらしい。


 満開の週末などはものすごい人出になる。そしてピクニックをしているのは圧倒的にアジア系が多い。日本に限らず、アジア人の血の中には花見をしなければならないDNAがあるんだろうか。それとも残してきた祖国の春を思うんだろうか。


 僕は日本で花見の思い出がほとんどないのだけど、千鳥ヶ淵を歩いたことをなぜかよく覚えている。堀沿いの道をみんなのんびりと歩いていて、場所がないからか宴会をしている人もいなかった。堀の水に映った桜がきれいだった。桜は水と一緒にいるのが似合うのだと思う。それにはやっぱり控えめな染井吉野の色が疲れなくていいかも知れない。


 そう言えばノートルダムの脇に数本の桜が咲く。セーヌ河の反対側から見るとアクセントになってとても映えるけれど、あれが密集してたら疲れるだろうな。セーヌ河に枝垂桜があったらいいのにと思う反面、今ひとつ似合わない気もする。プラタナスや柳の方がいい。何が違うのか分からないけど、風景にはちゃんと似合うもの同士が設定されているみたいだ。



 ソー公園のピクニックは昼間だけ。公園は遅くても21時には閉まる。この時期は日暮れが遅いから、いくら頑張っても夜桜にはならない。ライトアップもしてくれない。フランスでは夜桜は見られないのだ。僕も長いこと夜の桜を見ていない。

 

 どの辺りだったかもう忘れてしまったけど、深夜の東京で道に一本だけ咲いている八重桜を見たことがある。ちょうど満開だった。ライトアップしてもらうわけでもなく、忘れられたように立っていた。桜は街灯が照らす仄暗い片隅に、濃い色の花びらをたっぷりと実らせていた。その姿はエロティックで美しかった。


 フランスの桜は健康的だ。鮮やかな空の下でピクニックをして、愛しい人間を写真に収める。明るく楽しいひととき。花見すらどこかラテンっぽい。


 あの闇の中に咲いていた八重桜のひっそりと妖艶な佇まいは、きっとフランスでは見られないだろう。どんなに豪勢に咲き誇る木々を見ても、僕の中ではあの桜が一番美しい。


 やっぱり、桜は日本の花だ。


(2020年4月)




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