第4話 新たなる刺客
——数週間後
ここは監視者しか立ち入ることが許されない収容所の入り口に通じるとあるエントランスホール。
そこに朝霧が漂い、視界が霞みがかる中、霧の向こうから大きな黒い影が見える。
「お待ちしておりました。ウォーレン少佐」
その黒い影とは御者が引いている馬車で、ここの収容所までたどり着かせた。そこで監視兵の言う"ウォーレン少佐"というのは、銀色の鎧と二本のツノが生えた兜をつけ、黒い
「朝早くから、わざわざここまで出迎えてくれてご苦労。では例の塔の最上階まで案内してもらおうか」
こうして、監視兵とともにこの収容所内の中央制御塔まで足を運ぶ。
「久しぶりに来てみるとなかなか大した作りだな」
「この塔は築四十年となっております」
「それでこの有り様か」
薄暗い中央制御塔を壁に設置してあるろうそくの火を頼りにしながら階段を駆け上り、あたりを見渡し感心している。
「ですが、ところどころだいぶ脆くなってきているので修繕が必要になるかと」
「それは帝国議会で検討してみることにする」
「誠に有り難きお言葉」
「それくらい構わん」
ウォーレン少佐の寛大な心が監視兵の胸に響く。
「この最上階にいる"グルーオン"というのは一体どういうものなんだ?」
「それは、人間を喰らうごとに体がどんどん大きくなり、陣蝕を迎えると別の個体へと進化していく魔物のことです」
陣蝕とは、ある時期に差し掛かると長い間、魔法陣の上で眠りにつき、それが途切れると別の個体となって生まれ変わること。
「この収容所を守る門番と聞かされていたのだが、実際は魔物がここを守っているとはな」
予想外の答えに少し戸惑いを見せるも、そのまま塔の最上階へと突き進む。
——朝日が昇り、収容所全体を照らしだすとともに檻の中のベッドの上で目を覚ます。その後、毛布から一度出て、ベッドのに座り、自分が時間の隙を見て開発した元いた世界の技術とこの世界の技術を掛け合わせた魔素変換式モールス無線機を使って遠隔で会話し始める。
『ステッキの方はもう使い慣れたか?』
『操作はなかなか難しいけど、徐々にはね』
『そうか、分からない
実際、檻の中でソフィアと一緒にステッキで、長い間、魔法が使えるようにするために精神が魔素に侵されないための訓練をしている。もし、それを怠れば、最悪、魔素が暴発し死に至る危険性も出てくる。そのため日々の鍛錬は欠かせなくなる。
『魔法を扱えるようになるのは時間がかかるが、そのうち自在に操れるようにはなる。その時までは、しばらく精神コントロールを重点的にやってもらう』
ジェームスの言うそのステッキによる精神コントロールというのが、精神的にかなり疲労が溜まりやすい。
『けど、もう少しステッキを改良できないのかなとも思うんだが……』
『まぁ、そこんところはなんとかなるだろ。エイサクなら大丈夫だ』
ちょうど、目を覚ましたソフィアが僕の後ろから小さな電球がちかちかするのを見て、頭の上にはてなを浮かべながら尋ねてくる。
「何をしてるの?」
僕の肩を掴み、ひょっこっと顔を覗かせる。
「今、この無線機を使ってジェームスと会話してるところだよ」
「ふーん」
怪訝そうな顔を浮かべ、疑いの目を向ける。
「言葉で説明するのは難しいけど、光の点滅で言葉を理解している」
「そんなことで分かるんだ」
彼女は感心した表情をする。
『それと一つ言い忘れたが、月に一度見張りが手薄になる時期があるが、それが今日からになる。とりあえず、仕事場に着く前にいつもの場所に寄って来てくれ、詳しいことはそこで話す』
そして、支柱の向こう側から扉が開き、監視兵達がここに向かいに来る。
「また後で会話の仕方を詳しく教えて」
「うん」
南京錠が解かれ、檻の外へ出る。しばらくして、仕事場に着く前に夕方にいつもみんなが
「無線機で言った詳細だが、俺たちがこれを身につけて一日中この収容所周辺の捜索をするということだ。その代わりちゃんと護衛する」
彼は真剣な表情をする。
「降りるなら他の誰かに変わってもいいが、正直お前に見てもらいたいものがある」
それを聞いた僕は意を決し、外套を羽織り、ステッキを手に持つ。
「いつでも構わないよ。それとここのことについても詳しく調べたいことがあるからね」
「それなら私も……」
ソフィアは僕と一緒に行くことに乗り気だが、ミレーが隣に立ち彼女の肩を持つ。
「彼を信じてあげましょう。エイサクさん達なら大丈夫です」
「けど、エイサクはひょろひょろだから、私が見てあげないと心配」
彼女の言葉を聞いて、胸にちくりと刺さる。
「一応毎日運動はしてたんだけど……」
思いの外、彼女の無意識な毒が効いたようだ。
「どんまい、エイサク。ねぇ、僕も一緒について行ってもいい?」
「それはできない、捜索するのは二人までだ。それ以上増えると監視兵に目をつけられる。下手したら中央制御塔行きだ」
そこにイザベラがアルドニスが座っている木の箱の隣に立ち、彼の耳を引っ張る。
「痛い」
「あんたはここでじっとしてないと、いつか死ぬわよ。気持ちは分からなくないけど」
「なら別にいいじゃん!」
ロイスがアルドニスの後ろに立ちはだかり、大きな手を使って頭を鷲掴みする。
「ロイス……」
「このまま捻り潰すのもありだが」
そして、ロイスのおかげでアルドニスが諦めをつくが、そっぽを向いて不貞腐れる。
「悪いが、俺たちがいない間、監視兵を見張っていてくれ、それとイザベラはこいつを使って監視兵の状況を知らせてくれ」
「まったく、人遣い荒いんだから」
ジェームスが魔素変換式モールス無線機をイザベラに託し、それぞれが携帯し、僕達は袋を担ぎここから出る準備をする。
「エ、エイサクさん……」
ひょこっとイザベラの背中からミアが顔を出す。
「必ずここに戻ってきてくださいね」
「ありがとう、必ず戻ってくる」
そうして、みんなが見守る中、僕達は
——ようやく、最上階にたどり着いたウォーレン少佐と監視兵は、巨大な檻の前に立ち塞がるが、ここから死んだ人間の腐った臭いがフロア中に漂う。
「あまり、長居すると命が危険なのでお早めにお願いします」
一人の監視兵が足をぶるぶると震わせながら、巨大な檻の中を眺める。
「結界が少し乱れてる。術式を書き直させてもらう」
足を前に進め、檻との距離を縮める。
すると、檻から禍々しいオーラを放ちながら巨大な化け物の顔が檻の出入り口に
「クルルルルルゥ……」
その化け物の口元は血まみれで目元がなく、まるで何かを欲しているような顔をし、背中から毛を伸ばしこちらに忍び寄る。
「少佐……!」
監視兵の足元を巻きつき檻の中へ引きずり込もうとする。
「炎陣、単式展開、炎天の纏い《フレイムスタンド》」
術式を唱え、監視兵の足元に巻かれているものを焼き尽くし、自分と監視兵の身の周りを結界で固める。
「あ、ありがとうございます」
「これで襲われる心配はないだろう」
ちょうどその頃、複数の監視兵が五人の奴隷を目隠しさせながら鎖に繋ぎ、この塔の最上階までたどり着く。
「ここからは食事の時間なので、くれぐれもお目にかかるときは気をつけてください」
そして、五人の奴隷の目隠しを外し、鎖から解放し、檻の横にある扉の中へ放ると、魔物がそれを嗅ぎつけ、中にいる奴隷が大きな悲鳴を上げ、それを意に介さずにむしゃむしゃと食べていく。その食べ音はこの場にいる全員が顔を引きつらせるくらい生々しい音。
「グオオオオォォォーー!」
大きな雄叫びをあげ、床に散らばっている小石が揺れ動く。
「ウォーレン少佐!」
「どうした?」
伝令が階段から駆け上がり、彼の元にたどり着く。
「シルバルド中尉がお見えになります」
「珍しいなこんな時に。何かあったか?」
「ウォーレン少佐と面会したいとお伝え承りました」
「分かった。すぐに向かう」
そうして、最上階を後にし、この中央制御塔の25階層へ移動する。
——僕達は壁の
「ここから眺める景色はまさに絶景だな」
彼の目の前に広がるのは、壁の向こう側は広大な草原が奥まで広がり、左右には木々が連なる。僕達の後ろ側に監獄塔があり、その背後に監獄塔よりも高く
「さてと、景色に見惚れてしまう前にエイサクは少しここから離れて見てろ」
ステッキを取り出し、
「今のは?」
魔素で固めた弾丸が何ものかによって弾かれる。
「見ての通り壁の外には結界が張られている。下手に触ると腕ごともぎ取られる。ちなみに結界を通過できるのはここの収容所に携わる監視兵と帝国兵のみだ」
つまり、結界がそれを選別するためのフィルター層となり、
「なら、この結界を張り巡らせている動力源はどこに?」
「俺が調べた中では、中央制御塔の最上階に化け物が棲み着いている。おそらく、今の俺たちでは太刀打ちできない」
つまり、中央制御塔の最上階はここから抜け出すための最後の砦。あそこを攻略しなければ、突破口は掴みにくい。
「ジェームスはどれくらいの勝算があると見込んでる?」
「一割といったところだ」
「大した数字だね。それくらいあるなら僕にとっては充分だよ。
彼の背後から矢が降って来たのを確認し、彼の背後に見えない壁を置く。
「わりぃ、エイサクが気づかなかったらとっくに死んでた」
そして、次々と中央制御塔から炎を纏った二本の矢がこっちに向かってくる。
「一旦、ここを離れるぞ!」
僕達は
「逃げられたか」
展開した術式を解き、弓を中へ収める。
「ウォーレン少佐、ここからは
兜を外した長い銀髪をした男が敬意を払いながらそう告げる。
「すまないが、後のことはよろしく頼む」
そうして、下の方へ姿を消し、この場所から離れる頃、銀髪の男は外の景色を眺めてにやりとする。
反逆の魔法陣 久世原丸井 @kuyoharamarui
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