第3話 別の世界

 しばらく檻の中で待ち、檻の外の支柱裏からコツコツと足音が聞こえると、中世時代に身につけるようなしっかりとした西洋風の銀色の兜と鎧、腰にはロングソードを装着した監視者達が僕達の前に姿を現し、ここ一帯の檻の南京錠を一つ一つ解き、人々を解放する。



「仕事の時間だ」



 檻の外に出てから支柱の裏側で集まり、監視者達が全員の人数確認を行った後、監獄者達が後を追うようにして大きな扉の前で止まる。



開扉アパタイラ



 先頭に立っている一人の監視者が手をかざすと、扉に刻まれた魔法陣が浮き出て、真ん中に一筋の光が走り、扉が開放される。



「これが魔法……」



 想像していたものとは遥かに超えていた。



「びっくりした?扉に浮き出たあの模様は魔法陣」


「そうなんだ、まさかこんなすごいものを間近で見れるとは思わなかったよ」



 目の前で起きた出来事に感心した後、扉が開いたのを確認した監視者は、扉の外へと移動し、それに続いて足を運ぶ。


 すると、太陽の光がこちらを強く照らし出すかのように煌びやかとする。後ろから見えるこの塔の入り口から上を見上げると東京タワー分の大きさに相当し、目の前には東京ドーム一個分収まるくらいの巨大な壁を四方向にどっしりと囲み、ここから道が真っ直ぐ壁の向こうまで伸びる。さらに、一階建ての小さな建物から四階建ての大きな建物があり、面積の広い畑が点在している。



「仕事はここで陽が沈むまで毎日行う」



 そう言って、すぐ入り口の脇に立てかけられているスコップを手に取って、自分の分まで持ってきてくれた。



「キツくなったら遠慮なく声かけて」



 僕達は、ここから移動して作業している人達を見渡しながら彼女の案内の元、作業場に着き、そこで、短めのツーブロックをした茶髪の男がこちらを見る。



「そいつは新人か?」



 作業の手を止めて、彼女に話かける。



「ええ、今日から新しく入ってきた」


「そうかそうか。んで、お前さんはどこから来たんだ?ここではあまり見ない顔だが」



 身長180センチくらいの高さから腰を曲げて、顎にVの字をつくりながら、顔を覗かせる。顔立ちは顔の掘りが浅く全体的に整っていて、しっかりしている。



「あまり顔を近づけると怖がるよ。それと、まだここに来たばかりだから簡単に自己紹介してあげて」



「そうだったな」と言って、僕から少し距離を取る。



「俺の名前は"ジェームス・アンダーソン"、ソフィアとは同期でこの場所に滞在している。趣味は女子の下着……ていうのは冗談でよろしくな新人!」



 途中、彼女の顔が気になり、自分の趣味を言葉にするのをやめたが。



「ジェームスはすごくいい人だから、きっとエイサクの助けになるよ」



 彼女は、そのことを顧みずに話を進める。



「改めてよろしく、ジェームス」


「ああ」



 その光景を傍観していた人が僕達の周りに集まってくる。



「おーい、ジェームス!その人は?」



 僕達と同じような服装をした三人が一緒に並んで歩き、そのうちの茶髪のナチュラルショートの僕と身長が同じくらいの男が話しかける。



「今日から新しく入ってきた俺の部下だ」



 彼からいつの間にか部下扱いされているようだ。



「それは面白そうだね。君の名前はなんて言うの?」



 積極的に話しかけてくる彼に少し戸惑いを見せながら、自分の姓名を伝える。



「へぇ、エイサクって言うんだ。すごくいい名前だね!」


「それ、私がさっき言った台詞」


「そうだったの?」



 彼は両目を点にして、彼女は「うん、うん」と頷く。



「こいつらも俺達の同志で気はいい奴らだからすぐに馴染めると思うぜ」



 ここにいる人達は奴隷として収容所に囚われているはずなのに、ものすごくいきいきとして、どこか温かさを感じる。



「というわけで、エイサクに話しかけたこいつの名前は"アルドニス"。左側にいるのが"イワン"、右にいるのが"ミレー"だ」



 二人の外見を見ると、イワンは黒髪のロン毛スタイルをした男性でミレーは長い黒髪を輪ゴムで後ろにまとめたポニーテールの女性。二人ともアルドニスとは対照的にどこか落ち着いた感じだ。



「ねえ、せっかくだからさ、夕方にいつもの場所にみんなを集めて歓迎会を開こうよ」


「いつものって、普段俺たちが集まってる場所だろ?」


「そこはテンションを上げていこうよパーっと」



 二人のたわいない会話が続く。



「エイサクさんでしたよね?」



 アルドニスの隣にいたミレーが僕に話しかける。



「とても顔立ちがお綺麗ですね」


「そうかな」


「それは私も思った」



 外見は、自分のいた会社の女性社員からも度々言われることはあるが、そこまで自分の顔立ちがいいとは思ったことない。



「アルドニスとイワンは、ここに来る前の古い付き合いで、今もこうしてともに過ごしている仲なんです」


「ものすごく親しくしているのは、そういうことだったんだね」


「ええ、あそこにいるアルドニスはいつもあんな感じですが、根は優しいので仲良くしてあげてください」



 ミレーは丁寧でとても親切な人だ。



「イワンはエイサクさんに何か言いたいことはないですか?」



 イワンは彼女の耳元に近づき、ぼそぼそと話す。



「何か困ったことがあれば助けるだそうです」



 彼はあまり声を張れないのか、耳を近づけてみないと聞こえないかもしれない。


 その途中、見張りをしていた一人の監視者が僕達に目をつけて、大きな声で怒鳴りつける。



「おい!そこで何をチンタラとしてる!さっさと働かんか!」



 遠くからその声を聞いたアルドニスは慌てふためく。



「やば!見つかっちゃったよ」



 まるで、学校の先生に見つかった時のような様子だ。



「また後でゆっくり話しましょう」



 ミレーがそう言って、三人はここを去り、作業の手を休めていた周りの人達も急いで復帰する。



「ふぅ、てなわけで俺たちも仕事に取り掛かろう。エイサクの方は大丈夫か?」



 彼女は「任せて」と彼に告げる。



「エイサクは、この場所で古い土を掘って、荷車に乗せる簡単な作業だけどやれそう?」


「ありがとう、頑張るよ」



 僕と彼女は並んでスコップで土を掘り、彼は重たい袋を背中に担ぎ、ここから離れる。





 ——しばらくして、空が黄金色に染まり、建造物に備えつけてある外灯が灯し始め、外は肌寒くなる。


 一日中ずっと下働きをさせられ、元の世界で働いていた頃よりも疲労困憊ひろうこんぱい。休む時間と水分補給はあまり取れなく手をひたすら動かしていた。


 こんな日が毎日続けば、体中が悲鳴を上げてもおかしくない。とても過酷な労働環境で仕事をするとなると、監視者の目を盗んで体を休めるのも無理な話ではない。そのようにして、自分達で合間を見て休憩を挟んでいた。


 ここでの生活をやっていくには、大勢の人達と手を取り合わないと成り立たないだろう。



「お疲れ様」



 作業をしている途中に彼女が話しかける。



「結構、大変な作業だったね。これを毎日やるソフィアはすごいよ」


「そう?ひたすら同じことを繰り返しているだけだけど」



 そう言って、「はい」と僕の目の前で両手を広げる。



「そのスコップは私が返しておくから、向こうで充分体を休めて」



 彼女の言葉に甘え、手に持っているスコップを彼女に渡し、ここを立ち去る。その直後にジェームスが「おつかれ」と後ろから僕の背中を叩いて姿を現し、彼が茶色のフード付きの外套を渡して、向こうまで歩きながら話す。



「外は肌寒くなったな。こうして、仕事が終わってみると気分が吹っ切れるだろ?」


「そうだね、あまり体を動かしてなかったからいい運動になったよ」



 元いた世界では、基本的に仕事はデスクワークだったため、体を動かす機会が無かった。



「そうか、けど今頃俺達が魔法を使えたらこんなに苦労はしないな」



 彼の言う魔法が使えてたら、生活が便利になるだろう。



「エイサクは魔法についてどう思ってる?」



 ふと、そんな疑問を投げかけられ、彼のその発言に思考を巡らせる。——魔法、それは塔の外に出る前に目の当たりにした扉が一人でに動いた、いわば元いた世界の自動ドアのようなものだとすると。



「テクノロジー……」



 その言葉が頭の中で思い浮かぶ。



「テクノロジー?」



 意味不明の単語にはてなを浮かべる。



「テクノロジーは自然の力を利用して、生活を豊かにする。この世界に存在している魔法に近いと言ったところかな」



 それを聞いた彼は感心したように腕を組む。



「テクノロジーか、聞いたことはないが全く新しい考えだな。それなら、魔法の力を利用した道具がここにあるぜ」



 ジェームスが出現リーブと唱えて手元から何かが現れる。



「これは俺が開発したアンチメモリースペル《ステッキ》。一回、エイサクが身につけているブレスレットを手前に出してくれ」



 そう言われ、右手首を彼に差し出し、彼がステッキでブレスレットに触れると、意図も簡単に外れたが、すぐさま外れたブレスレットは監視者に気づかれないように元通りにする。



「こいつで物体にかけられている呪文スペルを解いたり、直接保存することができる。その上、汎用性は高く、魔素を供給して魔法に変換する」



 彼が起こした現象に目を見張り、深く感心を寄せる。



 (どうやって作ったのか気になるが、すごく面白い仕組みだ。熱力学とは少しかけ離れたものとなると、魔素とは一体どういうものなのか?)



「ちなみに、ブレスレットに刻まれている六桁のナンバーはここから逃れられないためのものだ。仮にそれを身につけてここから逃げられたとしても、監視者に見つかって殺されるか別の場所に移されるかだ」



 彼が示したブレスレットに刻まれている六桁の数字は、左から順に方位を指し示す3桁の数字と真ん中は所属している塔の番号、右は塔の階層となっている。



「どうして君は、アンチメモリースペルを開発したり、ブレスレットのことについて詳しく知ってる?」


「それはここから脱獄するためだ」



 彼は、僕がここに現れるまで三年間も脱獄するために時間と身を削って画策してきた。



「これは俺からの取引だが、脱獄に協力してくれないか?もし、協力する気が有ればこのステッキと同じものをエイサクにくれてやる。その気がなければ、この話はなかったことにする」



 真剣な眼差しをして、僕を見つめる。



「いいよ。君の脱獄に協力する。ただその代わり、アンチメモリースペルについての技術と情報を僕に共有してもらいたい」


「それはどういう意図で俺に共有しろと?」


「いずれ、ここにいる人達を全員解放して、元の世界ばしょに帰らなくちゃいけない。正直、君の力がなければ、僕だけでは手一杯だ」



 もし、彼のようにアンチメモリースペルを作れたとしても、この環境下では相当の時間を費やすことになる。なら、自分でそれを生み出すよりも、彼の技術を継承した形にすれば、圧倒的な時間短縮となるだろう。



「俺と目的が一緒なわけか。なら、エイサクの言う通り技術と情報は共有してやるが、内密にするのを条件付きだ」


「それで構わない。僕の知識が人の役に立てるなら」



 そうして、交渉は成立し、会話に一区切りつける。


 そのちょうどに後ろからダークブルーの長い髪をたなびかせながら彼女が姿を現す。



「途中まで話は聞いてたけど、エイサクが納得してくれたんだね」


「まぁ、何とかな」

 


 ソフィアは僕の隣で「ふふっ」と笑みをこぼす。



「とりあえずスープとパン、二人の分も持ってきたから早くここから移動しよう」



 その後、監視者の目が行き届かない建物の軒下で、円状にセッティングされてある木の箱を椅子代わりとして並べられている場所にたどり着く。



「待たせたな」



 先程、アルドニスを含めた三人は顔を見合わせたのだが、僕とジェームス、ソフィアを除いた新しい人が三人もいた。



「もぉ、遅いよ」



「悪い、エイサクと少し立ち話をし過ぎた」



 僕はソフィア達と一緒にこの場所を訪れた。



「それよりもジェームス見て、ロイスの頭!」



 彼の言うロイスの特徴は身長が二メートルもある巨漢な男で、肌は色黒で丸坊主をしている。今は、腕を組みながら壁にもたれかかり、その男の隣には二段高い箱の上にアルドニスが座っている。



「頭の上にお花が咲いて……!」



 その直後、アルドニスのいたずらを受けたロイスは、大きな手を使いアルドニスの顔を鷲掴みする。



「かはっ……」



 全く身動きが取れない状況となる。



「ミレー……助けて……」



 それを傍観していたミレーはため息をつく。



「いたずらしたらこうなることが分かってるのにまだ懲りてないんですね」



 イワンは彼女の隣で温かく見守る。



「ジェームス、その人は一体誰なの?」



 そう切り出した彼女の名前は"イザベラ"、茶髪のストレートに腰まで伸ばし、いかにも男の人を魅了するような妖艶な容姿をしている。胸の膨らみ具合からして、まさに大人の女性といったところだろうか。



「まぁまぁ、そう睨むなよ。こいつは今日から俺達の仲間になった。なんなら好き放題遊んでくれて構わないぜ」



 彼の突拍子のない発言から彼女が僕のところまで近づく。



「ふうん、見かけによってはいい顔してるじゃない。今晩はお姉さんが相手してあげようか?」



 そこで、緑色のショートの髪型をした女性がイザベラの腕を掴み、僕を守ろうと遮ろうとしている。



「……だ、ダメだよ。遊ぶなんてしたら可愛そうだよ」



 僕の前にもソフィアが立ち塞がる。



「彼女の言う通り、エイサクに手出しはさせない」



 その二人の行動を見たイザベラは「冗談よ」と言い、彼女達をひとまず落ち着かせる。



「ひょっとしてミア、彼のことが気になるの?」



 イザベラはにやりと彼女に視線を向け、彼女は小さな手を胸の前で組み、頬を赤く染める。



「そ、そんなことないから……」


「ほんとにー?」



 彼女の顔を覗いて伺おうとするが、そっぽを向いてなかなか顔を合わせてくれない。



「そういえば、壁際に置かれている袋と木の箱の中には何が入ってる?」


「あそこには、武器や道具、このステッキに使う資材が入ってる」



 横一帯に袋と木の箱が広がる。そして、彼が再び出現リーブと唱え、僕にアンチメモリースペル《ステッキ》を取り出す。



「約束通りこれはエイサクに渡しておく、今後何かあったとき、それが自分の身を守ってくれる」



 ここにいる全員もステッキを取り出し、僕の方に視線を集める。



「これでエイサクも僕達の仲間だ」



 アルドニスが手厚く迎える。



「まだ、あんたのことは何も知らないけど、ジェームスが認めたなら、私は歓迎するよ」



 そして、彼女の言葉を機にみんなが賛成する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る