8. リーの話

リーの話

 翌日、すっかり日が高くなっている空の下を、ユンは非常に冴えない気持ちで飛んでいた。胸がむかつき、頭が痛い。昨夜飲み過ぎたのだ。


 起きたのはついさっきのことだった。父親の声がして、はっと目を覚ますと、怒り顔のセオがすぐ近くにいた。セオは人間の姿をしている。場所は城内の広場だった。昨日宴会をやっていたところだ。ユンはそのまま広場で寝てしまったらしい。


「城で一大事が起こったと聞いてやってきたら」セオは言った。「お前はなにをやってるんだ。こんなところで無様な姿をさらして。恥ずかしいと思わないのか」


 ユンは言い訳をしようと思ったが、頭痛と不快感が襲ってきた黙った。セオはさらにユンを怒鳴りつけた。


「さっさとうちに帰るんだ」


 そこでユンはその言葉に従うことにした。ふらふらと飛び上がる。酒に酔うのは気持ちよいがこんな代償があるとは思ってもみなかった。日は明るく眩しい。美しい秋の陽気だが、ユンの心はちっとも浮き立たない。


 やっとのことですみかの岩山まで辿り着くと、洞穴の入り口からひょっこりとシーラが出てきた。シーラがユンを見て声をかける。それを聞いてか、ベルも出てきた。ベルも怒り顔だ。


「ユン! いつまでも帰ってこないから、シーラを迎えにやろうと思っていたのですよ。まったく、こんな時間まで何をしていたの!」

「……いえ、ちょっと起きるのが遅かったものですから……」


 ユンは力なく、入り口前の岩だなへ下りた。はやく洞穴の中に入ってしまいたいが、シーラとベルが入り口をふさいでいる。


「昨日の晩、ひきずってでも連れて帰るべきだったわ! 全く恥ずかしいったら! 人間たちはどう思ったでしょうね」

「……お説教は後に――」


 ベルの小言から逃れようとすると、シーラが突然声を上げた。


「リー!」


 シーラは上空を見ていた。ユンも振り仰ぎそれを見た。そこには鮮やかな濃いレモン色の竜がいたのだ。まぎれもなく、リーであった。ユンのもう一人の姉。ここ最近行方が知れなかった(シーラをのぞいて)二番目の姉。その姉が、青い空を背景に、三匹を見下ろしているのだった。




――――




「リー! あなた、今までどこにいたの!?」


 シーラを押しのけるように前に出てきて、ベルが叫んだ。リーはすいっと岩だなに下り立った。狭い岩だなは四匹の竜でたちまちいっぱいになった。


「お母さま、お久しぶりですね」

「何を涼しい顔をしているの!」


 ベルがリーのすぐ近くまで来て、わめいた。「どういうことなの!? 今までどこで何をしていたの!? 今すぐ説明してちょうだい!」


 リーはベルの声にひるまず、やや挑戦的に微笑むと、ゆっくりと言った。


「私、卵を産んでいたんです」

「卵? どういうこと?」

「卵は卵です。あと何か月かすれば孵るでしょう」

「孵る……待って、どういうことなの? 竜が生まれるとしたら……父親は誰なの?」

「ナラですわ」

 

 ベルが黙った。リーが静かに付け加えた。


「お母さま、ひょっとしたら忘れてらっしゃるのかしら。農場で暮らすナラですよ。私たちきょうだいの幼なじみ。お母さまが彼と遊んではいけないとおっしゃって、強制的に距離を置かされてしまいましたけど、その後も私たちは仲が良かったのです」

「覚えてますよ!」


 爆発するように、ベルが言った。シーラが怯えた表情になり、そっと身を小さくした。ユンは気分が悪いのも忘れてリーの言葉に耳を傾けていた。


 歯ぎしりせんばかりにベルが言った。


「あのナラね。人間の姿で暮らす、落伍者の竜のうちの一人ね。あなたもとんだ馬鹿なことをしたものね。それでどうするの、これから」

「結婚しようと思います。もちろんナラと。向こうは、彼と、彼の家族もそれを望んでいるので」

「結婚ですって!」


 ベルは飛び上がらんばかりだった。「許さないわよ! そんなこと許さない! そうよ……結婚するなら、一族の了承がいるのよ。それが竜の掟よ。そして誰も許可なんてしないと思うわ!」

「お母さまは反対なさるでしょうけど。でもお父さまの意見をきいてみないと。それから、シーラの」

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