騎士の友人

「悪い魔術師だったのか?」


 ユンが再び尋ねた。ゲオルクはぼんやりとしたまま答えた。


「いや……」あまり深くは考えていなかった。考えぬままに、次の言葉が口から出ていた。


「友人だ。俺の」

「それは……」


 ユンが口ごもった。なんと返していいのか、困っているようだった。


 ゲオルクは、特に目的もないままに、ただ、室内を見つめた。小さな窓からの光がさらに力を失いつつあった。一日が終わろうとしている。室内は端から暗くなっていき、闇の中に帰っていくようであった。


 ゲオルクはしばらく、黙ったまま立ち尽くしていた。




――――




 事件はとりあえず落着したので、城にいた人々が戻ってくることとなった。ユンもロイのところに行き、シーラとともにルチアを連れ帰った。


 城内に、竜の姿をしたままの竜たちが三匹も集うことになったが、事情が事情なので、とやかく言われないこととなった。ベルはどうしてこのような事態が生じたのか、説明を受けないことにはてこでも動かないと頑張った。城の人間があちこちを駆け、影の件について調査をしていたものを探し出し、またユンとゲオルクからさらに新しい情報も寄せられて、一応の説明がなされた。


 竜を嫌う人々の集まりがあったらしい。グレンはその一人だったのだ。影たちを異界から呼び出して竜を襲わせようとしていた。しかし、影は人間も襲うようになったのだ。そういった事情だった。グレンは行方不明になっており、竜を嫌う人々の集まり、というものも実態が定かではなく、何やらグレン一人に罪を押し付けようとする雰囲気があった。少なくともユンは説明を受けながらそう感じた。


 その内、日が暮れた。人々は今回の件が無事片付いたことに浮かれており、宴会をしようということになった。特にベルの人気は絶大なもので、国王陛下直々に、ベルに礼を言った。ベルはさほど喜んだ顔を見せず、けれども辛辣な態度も取らず、淡々とそれを受け入れた。


 広場に火がたかれる。そこに人間たちと竜たちが集まった。辺りはすっかりと暗い。酒とご馳走が振舞われた。どこからか、楽師もやってきて、太鼓や笛の音が響いた。ユンは浮き浮きしてきた。


 酒を勧められて、断らずそれを飲んだ。胸の内が熱くなり、さらに気分がよくなる。人びとが踊りだし、ユンもそれに続いた。とんだりはねたり身をひねったり、さらにくるりと空中で宙返りをすると、周囲から喝采の声が上がった。ユンはますます得意になり、二度三度とそれを披露した。


 アルコールが入っているうえに動き回ったせいか、何やらふわふわとしてきた。ユンは踊りの輪から抜け、腰を下ろした。近くにはゲオルクがいた。


 今回の件の功労者といえるゲオルクだった。ゲオルクはユンを見て笑った。


「ずいぶん、人気者だな」

「うん。俺はどうやら魅力があるらしい」


 気分が高揚しており、ユンは謙遜もせず正直に言った。ゲオルクはさらに笑い、ユンの隣に座った。


「竜たちもこんなふうにみなで集って、浮かれて踊ったりするのか?」


 人びとの群れを見ながらゲオルクが言った。


「するよ。竜は踊り好きな生き物だよ。唄もうたう。うたうことも好きなんだ」


 ユンは答えて、ふと思い出した。竜たちが宴会の際によくうたう唄がある。竜の世界の歴史や伝説をうたったものだ。それをここで、ゲオルクに聞いてもらいたくなった。ユンはふわふわした頭で、一生懸命その唄を思い出した。


「竜の世界でよくうたわれてる唄だよ。ずっと古い時代の事柄をうたったもの。戦争があって、恋愛があって、仲間がいて、喜びがあって、悲しみがあって――」


 ユンはうたい始めた。




――――




 シーラは人間たちとは少し離れた場所にいた。あまり陽気な場は得意ではない。嫌いというほどでもない。自分がそこに参加するのは、落ち着かない気分になって苦手ではあるが、離れた場所からそれを眺めているのは楽しいことでもある。


 ルチアがやってきて、シーラに微笑みかけた。


「ユンは踊りが上手ね」

「そうなんです。ユンは運動神経がよくて華やかなタイプで」


 弟のことを褒められるのは嬉しかった。シーラもルチアに笑いかけた。


「今日はありがとう」


 何度目かのお礼をルチアが言った。シーラも笑顔で、いいえと言った。実際、そんなに大した働きはしていないように思う。


「ユンが何かを歌っているわ」


 ルチアが言った。もう踊ってはおらず、広場の端に腰を下ろしている。傍にはゲオルクがいて、ゲオルクに聞かせているようだ。


「古くから竜たちの間に伝わる唄ですわ」


 シーラは耳を澄ました。距離があるのではっきりとは聞き取れないが、シーラにもなじみ深い唄だ。人間たちの言葉が飛び交う中で、竜の言葉、それも古い竜の言葉の唄が、しみじみとうたわれているのは不思議な気がした。

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