戦う赤い竜

「ユン、君にはわからないんだ」ロイが目を上げた。そしてはっきりとユンを見つめた。「色濃く大きく生まれたものにはわからないんだよ。色が薄く小さいということがどういうことか。僕は竜の世界には帰らない。僕は――」

「ロイ……」


 ユンは言葉を失った。どう返せばよいかわからず、迷いながらも、けれども何かを言いたいという衝動ばかりがあった。


「ロイ。それをいうならロイだって、俺の気持ちはわからないだろう? 結局のところ、誰も他人の気持ちなんて正確にはわからないんだ。だから――」


 いきなりロイが吹き出し、ユンはびっくりして、従兄を見つめた。ロイは不自然ではあったが笑っており、彼なりになんとか気を落ち着かせようとしているのだろうというのが見てとれた。


「ごめんね、ユン。なんだか喧嘩みたいになっちゃった。でも言い争いをしたいわけじゃないんだ。僕が竜の世界に帰らないのも、そこが嫌だからというだけじゃなくて……研究が楽しいんだ。ここに残って、これを続けていきたいんだよ」


 ユンはほっとした。ロイの態度はまだ多少ぎこちなかったが、張り詰めた空気は溶けつつあった。ロイの言葉も本心だろうと思えた。ロイが自分の幸せのためにここに残るというなら、それが一番よいと思えた。


「どうしたんだろう、外が騒がしいな」


 今までの話の流れを断ち切るようにロイが言い、窓に近づいた。確かに騒がしい。ユンもそれに続き、一緒に外を見た。


 道に竜たちが出て、上空を指して何か言っている。ユンもそれにつられるように上を見た。そしてぎょっとした。竜がいるのだ。ずいぶんと低空を飛んでいる。竜が人間の町の上の低く飛ぶことはあまり好ましいこととされていない。だから、ここに暮らす竜たちが騒いでいるのだろう。


 その竜は小さくて白い竜だった。といっても、ロイの話の中に出てきた竜ではなく、ユンのよく知っている竜だった。シーラだ。シーラが何故か、うろうろと迷うように空を飛んでいる。よく見ると、背中に人間を乗せている。


「シーラ! シーラ!」


 窓から身を乗り出し、両手を振って、ユンは叫んだ。シーラはすぐに気付いたようだった。「ユン!」と叫ぶと、こちらに向かって急角度で下りてきた。


 ユンとロイは外に出た。道にはシーラがおり、それを取り囲んで人間の姿の竜たちが、ここでは竜の姿でいることは禁止されているというようなことを口々に言っていた。けれどもシーラには何も聞こえていないようで、ただ一心にユンを見つめていた。


「ユン」傍まで行くと、シーラが涙声を出した。「ユン。姫さまを連れて逃げてほしいって言われたの。でも……でも私、どこに逃げればいいのかわからないし、でも、人間の町に竜たちが暮らす一画があると知ってたからそこを目指したのだけど、わ、私……――ユン……」


 こらえきれなくなったのか、わっとシーラが泣き出した。ユンが混乱していると、シーラの背中から一人の少女が滑り降りた。ルチアだった。


「ユン! こんなところにいたのね!」ルチアが言った。「どうして家に連絡をいれなかったの? あなたのお母さまとお姉さまがあなたを心配して、お城まで来られたのよ」


「母と姉が?」


 一体何が起こっているのかさっぱりわからない。シーラは泣き続けているし、周りの竜たちも人間の出現に戸惑っている。ルチアだけが毅然としており、言葉を続けた。


「それよりね、お城が大変なの! パーティのとき見たでしょ、あの影がまた現れたのよ。今度は人間も襲っているの! 今ゲオルクと騎士たちが退治中よ。私はあなたのお姉さまに守られて、ここに避難することができたというわけ」


 ルチアがシーラを見て感謝するように微笑み、そのうろこを優しくなでた。


「――影が……また城に? それにゲオルクもいるのか?」

「そうよ。あなたのお母さまもね」

「俺も城に行ってくる!」


 ユンはきっぱりと言った。ゲオルクの身が心配だったし、どうしてこのような事が起きたのか、現状はどうなっているのか、それを自分の目で確かめてみたかった。


 シーラとルチアをロイに任せ、ユンは素早く竜にもどるとたちまち飛び去った。




――――




 ユンは急いで飛んだ。城がぐいぐいと近づいてくる。と、その時、城の上空に赤い何かを見た。生き物だ。空飛ぶ大きな生き物。太い尻尾が流星のようになめらかに素早く動いている。竜だった。母親のベルであった。


 母も城にいるとルチアは言っていたが……。ユンは少し離れてベルを見た。ベルは一心不乱に何かに取り組んでいる。飛んでは地上に下りる。ユンのほうにはちっとも気づいていないようだ。ユンはベルに声をかけるのをやめにした。なんとなく、存在を知られたくない気分だった。


 母の無事を確認したので、気になるのはゲオルクだった。ゲオルクもほどなく見つかった。上空から声をかけると、ゲオルクが驚いた表情でユンを見た。ユンは少しためらったが、しかし、竜の姿のままで城内に下りた。今は緊急事態だから、恐らく許されるであろう。


「また影が現れたって」


 ユンの言葉に、ゲオルクは頷いた。


「そうだ。今度は人も襲っている。城の人間を避難させているところだ。大体終わったが、影たちの方はしぶといな。奴らはすぐ隠れてしまうし、どこからともなく現れる。ああ、そうだ、ユン。おまえの母親が来ているんだ」

「うん……空から見た」


 なんとなく歯切れの悪いユンの言葉に、まったく気づかず、ゲオルクは笑顔になった。


「おまえの母はすごいなあ! とても強いんだ! 影たちを蹴散らかしてくれる。これでどんなに助かったことか……。本当に感謝している」

「……それはよかった」


 ただ単に暴れているわけではなく、役に立っているようなので、ユンはほっとした。何故ベルが人間を助けているのか、そこはわからなかったが。

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